「言葉にならない」香川真司の“短かすぎた”ユナイテッド時代を英国人記者が回顧。「真のスターになろうとしていたのに…」【現地発】

「言葉にならない」香川真司の“短かすぎた”ユナイテッド時代を英国人記者が回顧。「真のスターになろうとしていたのに…」【現地発】

ノーリッジ戦でハットトリックを達成した香川。マンUで最も輝かしい瞬間だった。 (C)Getty Images



 香川真司がスペイン2部のレアル・サラゴサを退団した。このことは、イングランドでは大きなニュースにはならなかった。私は、それが香川と、彼のイングランドでの時間を象徴しているように思う。

 サー・アレックス・ファーガソン監督は、2012年にドルトムントに1200万ポンド(約15億6000万円)を支払い、「シンジ・カガワ」をオールド・トラフォードに連れてきた。しかし、香川にとってもユナイテッドにとっても残念なことに、名将の下で過ごした年月はたった12か月だった。

 この時代を振り返るとき、私は必ず言葉にならない悔しさも一緒に思い出す。57試合に出場し、わずか6ゴール・10アシストという記録に終わった香川が素晴らしい成功を収めたとは思わないが、彼はよくやっていた。悔しいのは、ユナイテッドで真のスターになるための突破口を開こうとしていたのに、それが叶わなかったことだ。

 原因は間違いなく、ファーガソンが長居しなかったことに由来している。もし、サー・アレックスが香川と一緒にあと1シーズンでも指揮を執っていたら、もっと長くユナイテッドで活躍できていたはずだ。
 
 だが現実にはファーガソンは去り、その後にデイビッド・モイーズがユナイテッドの監督になった。不幸なことに、香川はモイーズが好むタイプの選手とは違っていた。しかも、この指揮官はチームに自分のアイデンティティを押し付けようとするので、香川はプレー時間を得るのにすら苦労した。結局、モイーズはすぐにルイル・ファン・ハールに取って代わられた。あとは、皆さんがご存じの通りだ。

 それでも、世界のトップクラブで日本人選手が与えたインパクトはとても大きなものだった。事実、ユナイテッドのファンが今でも香川を高く評価していることが、それを物語っているといえよう。

 私は50年以上もユナイテッドのファンであり、シーズンチケットを購入し、株主でもあるマイケル・ベネット氏に話を聞いた。彼は「ユナイテッドのファンは今でも香川を批判することなく、人気者として記憶に残っていると考えている」と教えてくれた。

 そして私とベネット氏は、その栄光への道を閉ざした要因は「監督の交代」たという意見で一致した。同氏は香川を「非常に整然としたフットボーラーであり、テクニックにも優れ、チャンスが訪れた時にはフィニッシャーとしても活躍する選手」だと考えていたという。そして、プレミアリーグでの優勝を除けば、香川がハットトリックを決めたノーリッジ戦で、「彼がファン・ペルシのパスをネットに流し込んだ瞬間」が一番好きだったという。

 ほかにも、数人のユナイテッドファンに話を聞いてみた。香川のことは覚えているが、あまり詳しくないという人もいた。それは、このクラブには数えきれないほど成功した選手がほかにもいるので、仕方のないことではある。

 それでも、香川は日本人選手として最大の成功例のひとつであり、ユルゲン・クロップとサー・アレックス・ファーガソンという指導者に恵まれたプレーヤーだということは確かだ。選手を育てるという点では似たような特徴を持った監督の下でプレーし、ドイツで結果を残し、イングランドでも成功する可能性を十分に秘めていた。

 ファーガソンが指揮した最後のシーズンで、香川はチャンスメークの頻度が高く、ロビン・ファン・ペルシの影で輝く光りのひとつと考えられていた。スポットライトはファーガソンとの別れとファン・ペルシのゴールに当たり、相応しい評価を受けていなかったとさえ思う。
 
 特にベネット氏も挙げていた、2013年のノリッジ・シティ戦でのハットトリックは、その3ゴールだけでなく、その得点の仕方も含めて、ユナイテッド・ファンの記憶に残っている。どれも落ち着いていて、どのチャンスにも難なく対応していた。 

 引退前のサー・アレックス・ファーガソンの最後のホームゲーム、スウォンジー戦では、ユナイテッドが2-1で勝利し、香川はマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた。叶わないと知りつつも、もしファーガソンがもっと長く在籍していたら―――。

 彼はもっと多くのマン・オブ・ザ・マッチを獲得していただろうし、ユナイテッドのファンがもっと輝かしい言葉で覚えてくれる選手になっていたはずだ。その時代に思いを馳せつつも、ファンは今も、彼の無事を祈り、元気でいてくれと心の底から願っている。

取材・文●スティーブ・マッケンジー(サッカーダイジェスト・ヨーロッパ)

スティーブ・マッケンジー (STEVE MACKENZIE)
profile/1968年6月7日にロンドン生まれ。ウェストハムとサウサンプトンのユースでのプレー経験があり、とりわけウェストハムへの思い入れが強く、ユース時代からサポーターになった。また、スコットランド代表のファンでもある。大学時代はサッカーの奨学生として米国の大学で学び、1989年のNCAA(全米大学体育協会)主催の大会で優勝に輝く。
 

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