「親や弟と離れてサッカーをしたかった」鹿島学園10番・MF大澤昌也が選手権へ抱く特別な想い

「親や弟と離れてサッカーをしたかった」鹿島学園10番・MF大澤昌也が選手権へ抱く特別な想い

鹿島学園の中盤の要としてチームを牽引した大澤(10番)。全国の舞台で躍動できるか。写真:松尾祐希



 幼い頃から常に比べられた。双子として生まれた以上、避けては通れない道だ。高校ではひとりでチャレンジをし、もっと上を目指してやる――。覚悟を持って鹿島学園にやってきたMF大澤昌也(3年)にとって、選手権出場を懸けた戦いは絶対に負けられなかった。

 11月15日に行なわれた高校サッカー選手権の茨城県予選決勝。鹿島学園の10番を背負う大澤は明秀日立との一戦でスタメン出場し、ボランチの位置で存在感を発揮する。正確な技術と献身的なプレーで攻守のリンクマンとして機能。2−1で勝利したチームを力強く牽引した。

 試合後、ホッとした表情を浮かべた大澤。「自分は3年間、全国大会に出るためにやってきた。去年も試合に出させてもらったけど、あと一歩のところで届かなかった。チームが一つになって決勝まで勝ち進み、全国の切符を取れて嬉しく思います」という言葉には、いろんな想いが込められていた。

 大澤は大宮アルディージャの育成組織出身。中学時代はあまり試合に出られず、悔しい思いを味わってきた。U-18チームへの昇格を逃し、高校サッカーで新たなチャレンジをする――。こうした道を辿る選手は少なくないが、大澤にとって鹿島学園を選んだ理由は少し違った。昇格を勝ち取れなかった中で、双子の弟の存在があったからだ。

 大澤は一卵性双生児で、双子の弟がいる。それが大宮U-18に所属する大澤朋也(3年)だ。

 来季からトップチームでプレーする弟は幼い頃から最も身近にいたライバル。幼稚園の時にふたりでサッカーを始め、小学校に入ってからも切磋琢磨してきた。しかし、常に先を行くのは弟の朋也。比べられる場合も多く、葛藤を感じてきた。大澤は言う。

「身体付きは自分よりも良かったし、常に追いかける存在。比べられる場合がほとんどで、本当に悔しい想いをしてきた」

 小学校時代は同時に大宮アルディージャのセレクションを受けるも、弟だけが合格。自身は昌平の小川優介(3年/鹿島アントラーズ入団内定)らとネオスFCに所属し、実力を磨き続けてきた。その結果、中学進学時にセレクションを再度受けて大宮へ入団。これで弟と同じ舞台に立ったが、3年間を通じて安定して試合に出られなかった。

 周囲からは弟と比較されることも少なくない。幾度となく挫折を味わったが、その度に気持ちを新たにしてボールを蹴り続けた。

「弟の方が上だったけど、逆に負けたくないという気持ちが芽生えた。それがあったからこそ、お互いに切磋琢磨して成長ができたと思う。比べられてもサッカーが大好きだから辞めるつもりはなかったし、それを力に変えてやっていこうとしか思わなかった」
 

 最終的にU-18チームへの昇格は叶わず、またしても弟だけが上のステージに進んだ。当然、高校でサッカーを続けるつもりでいた大澤は高校サッカーを選択。県内のチームからも誘われていたが、鹿島学園への進学を決めた。その理由をこう話す。

「埼玉の高校に進学する選択肢もあったけど、親や弟と離れてサッカーをしたかった。覚悟を持って鹿島学園に行きました」

 寮に入り、サッカーに励む。中学まで弟と比べられる環境にあったが、高校では純粋に自分と向き合うことでさらなる成長を目指した。

 高校では今まで以上に自分を追い込み、フィジカル面やタフさがアップ。戦う姿勢が備わり、大きな成長を遂げた。最終学年で上田綺世(鹿島)が背負った10番を託されたのも、そうした頑張りが認められたからなのは間違いない。

 弟は来季からプロになる一方で、自身は大学に進む。最初で最後の大舞台は高校3年間で積み上げてきた成果を出す舞台となる。

「自分はひとりで茨城に来て、取り組んだことを全力で出したい。全力でやれば結果もついてくるので、成長した姿を見せたい」

 高校生活を締め括る最高の舞台。大澤は特別な想いを持って、選手権に挑む。

取材・文●松尾祐希(フリーライター)
 

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