ルーキー三笘薫はなぜ川崎優勝の原動力となれたのか? 大ブレイクのカギは筑波大での4年間にあり!

ルーキー三笘薫はなぜ川崎優勝の原動力となれたのか? 大ブレイクのカギは筑波大での4年間にあり!

優勝を決めたG大阪戦でも2アシストの活躍を見せた三笘。筑波大時代(右)の成功体験によって大きく飛躍した。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部/左)/竹中玲央奈(右)



 圧巻の強さを見せた川崎フロンターレが、2020年のJ1リーグを制した。4試合を残しての史上最速での優勝だけに、2ステージ制だった02年に初の“完全優勝”を果たしたジュビロ磐田のごとく語り継がれるだろう。その中でも最も大きなインパクトを残した選手と言えば、大卒新人のドリブラーと言っても異論はないはずだ。

 ただ、彼の活躍について「サプライズか」と問われれば、否である。

 三笘は2016年に、川崎U-18からトップチームへの昇格を断り、成長の舞台と位置づけて筑波大蹴球部に進む道を選んだ。強化部でスカウトを務める向島建氏は「当然、4年後に戻すつもり」で大学へ送り込んだのだが、4年間で彼は“期待以上”の成長を遂げて帰ってきた。そう言えるのは、「プロでもやれるな」と誰もが確信できるプレーを、大学サッカーのピッチで示し続けてきたからだ。

 筑波の門を叩き、三笘はすぐさまトップチームのメンバーに名を連ねた。主に途中出場で“ジョーカー”的な役割を果たし、短時間でもピッチに立てば味方も相手も、そしてもちろん観衆をも驚かすプレーを魅せる。天皇杯茨城県予選の決勝で流通経済大と対戦した際にも怖がることなくボールを間で受けて前を向き、接近戦で相手の逆を突いて交わすドリブルを、同県のライバルを相手に淀みなく発揮していたのが印象深い。敵が足を踏み出した瞬間を逃さず股を通すプレーは当時からの十八番で、この試合でも食いついてきた相手を見事に交わし、ファウルと警告を誘った。1年生の三笘に対し、イエローカードと引き換えにたまらず止めたのは、現在は松本でプレーする塚川孝輝だった。

 その年の末、2016年に筑波が全日本大学サッカー選手権を制覇した際にも原動力となったのだが、この大会の準決勝で3点目を決めたのは途中出場の三笘だ。この時の対戦相手の阪南大には川崎U-18時代を共に過ごし、現在はトップチームでプレーする脇坂泰斗がいた。先輩に引導を渡す痛烈な一撃を見舞った訳だ。

 そして2年次には、彼の名はあるビッグイベントによって広く知れ渡ることになる。筑波大がJ3のY.S.C.C、J2のアビスパ福岡、J1のベガルタ仙台を破りベスト16に進出した2017年の天皇杯だ。とりわけ、全国中継のあった仙台戦で見せたロングドリブルでのゴールは圧巻で、そのパフォーマンスは大きなインパクトを与えた。

「中継もされるし、自分の名を広めるためにも良い機会。自分のプレーでチームを勝たせるようにというのは意識しているので、J1相手にもチャレンジしていきたい」
 試合前にこう宣言していた三笘は、見事に有言実行を果たしたのである。

【動画】ガンバ戦、三笘薫が技ありの股抜きからチャンスメイク!

 同年代のハイレベルな大会で成果を残し、さらにプロ相手にも自分のストロングを発揮し、チームを勝利に導く。彼にとって、この入学してからの2年間で大きな大会を経験し、結果を残せたことがその後の成長に大きく寄与したことは間違いない。

 かつて、高校卒業前にトップ昇格を打診されたときには欠けていた「プロの舞台で活躍できるという確信」を、三笘は大学2年間での成功体験で完璧に補完したのではないか。

 大学時代の彼の成長を語る上で外せないのが現在も、ともにプレーをする旗手怜央の存在だ。1年次から順天堂大で先発の座に就いた旗手は、夏の全国大会である総理大臣杯で決勝戦以外の全ての試合でゴールを奪い、文字通りチームを決勝の舞台まで導いた。

「もちろん意識はしますけど、まだ怜央のレベルには達していない。自分のことを見つめ直して、試合に集中するだけ」
 結果的に同じ進路を選んだ同級生の活躍もまた、三笘の成長源になったことは確かだろう。

 一方、筑波大学の小井土正亮監督は、三笘の凄みと成長点を次のように振り返る。

「分かってても抜かれますからね。止まってたら仕掛けられるし、突っ込んできたら交わされる。自分の身体を、相手を見て変えられるし、とにかく相手と逆を取り続けられるという部分が彼の凄さですよね。それに加えて、大学4年間で身体の部分が変わった。うまいけど90分もたない、ちょっと当たられたら転んでしまう。そういうことがあったのですが、しっかりとトレーニングを積んで成長したなと」

 恩師の目から見ても、彼がプロの舞台で活躍していることは想定内とのことだ。卒業後に海外でプレーするという選択肢も「無くはなかった」と続けて口にする。ただ、まずは国内で活躍して、自国開催の五輪に出場し……とステップを踏むため、現在の道を選択したとのことだ。

「あのドリブルは後から身につくものではない」
 小井土正亮監督が口にするように、プロの舞台でも発揮している“あの”ドリブルは、アマチュア時代から彼が持ち合わせていたものだ。ただ、高校時代には足りていなかった大舞台での成功体験、“プロ予備軍”の同世代と共に戦う中で得た手応えが、彼をひと回り成長させたのだろう。

 大学4年間は決して遠回りではない。それを示してくれたという意味でも、2020年の三笘薫が示した功績は非常に大きい。

取材・文●竹中玲央奈(フリーライター)


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