「魂は止められない」“消えていた”マルセイユのアルゼンチン人FWが、マラドーナに捧げた9か月ぶりのゴール【現地発】

「魂は止められない」“消えていた”マルセイユのアルゼンチン人FWが、マラドーナに捧げた9か月ぶりのゴール【現地発】

PKを決め、スタンドに掲げられたマラドーナの垂れ幕を指差したベネデット。(C)Getty Images



 そのとき彼は、チームメイトたちにもみくちゃに抱きしめられてから、テレビカメラに向かって突進した。そして背後の、誰もいないスタンドを指さした。そこには巨大なディエゴ・マラドーナの肖像画が飾られていた。

 オランピック・ド・マルセイユのアルゼンチン人ストライカー、ダリオ・ベネデットが、9か月ぶりにゴールを決めた瞬間である。

 彼が最後にゴールしたのは2月28日。コロナ禍でリーグ・アンが中断する前、つまり昨シーズンのことだ。今シーズンがスタートしてからは0ゴール。そんなベネデットがきっかり9か月後の11月28日、ついにネットを揺らしたのだった。

 人々はこの間、ベネデットを「第2のコスタス・ミトログル」と揶揄してきた。前監督リュディ・ガルシアが呼び寄せたミトログルは、到来時からケガを抱えていたうえ、なかなか点を決められず、どんどん自信を喪失。やがてゴール前で目も当てられない失敗を繰り返し、ピッチ上から消えていった。

 これに対して、アンドレ・ヴィラス=ボアス監督が呼び寄せたベネデットは、いきなりゴールを連発、マリオ・バロテッリにあやかって「スーパー・ダリオか?」とワクワクさせた。ところがその後、何かが噛み合わなくなった。撃っても、撃っても、決められない。そして自信喪失と長い沈黙が訪れた。ピッチ上にいるのかどうかもわからないほどひどい試合もあった。
 
 元フランス代表FWのジブリル・シセによれば、「こういうときのストライカーは本当に苦しいもの。自信がどんどんなくなって、何をやってもうまくいかなくなるんだよ。本当にキツイ」と同情を隠さなかった。

「では状況を打開するために監督や周囲はどうすればいいのか」と問われると、シセは「そりゃあ、『大丈夫。きっと決められる。きっとあるところできっかけがくる』って言うしかないわけだよ」と苦笑した。

 ベネデットのきっかけが何だったのかは、本人しか知らない。ただ、マルセイユがチャンピオンズ・リーグ(CL)13連敗という情けない記録を樹立した11月25日のポルト戦(0−2)で、途中投入されたベネデットは必死に動き回った。ゴールにはつながらなかったが、久しぶりに強くポストも叩いた。それは、ディエゴが死んだ日だった。

 実はマラドーナとベネデットは、生まれ故郷もさほど遠くなく、年齢差にもかかわらず友情を結んでいた。もちろんベネデットにすれば、マラドーナは「生き神様」のような存在。またマラドーナにしてみれば、ベネデットなど「孫」のようなものだっただろう。だが貧民窟で生まれたディエゴは、どこまでも人間臭かった。

 だからベネデットは、そんなマラドーナが60歳の誕生日を迎えたとき、心をこめて還暦のプレゼントを贈った。「アートデザインストーリー」というフランス企業が発明した「自分の人生の素晴らしい映像を蘇らせて観られる」というコンセプトをもとに、現在の映像やセルフィービデオもリアルタイムで送受信できるタブロイドを特注で作らせ、プレゼントしたのだった。それなのにディエゴは、それを十分楽しむ間もなく、逝ってしまった。

 マルセイユは28日、ヴェロドロームにナントを迎えた(3−1)。歴史的なほどだらしないCLに怒りまくったサポーターたちが、トレーニング場の出口で選手たちのバスを「襲って」停め、何人かの選手がサポーターと話し合うしかなくなった。

 だが、これを何とか収拾してスタジアムに到着した選手たちは、「奮起しなければ!」と思うようになっていた。「CLでどんなにバカをやらかしたか、本当に自覚させられた」(ブバカール・カマラ)のだった。「今度こそ攻撃だ!攻撃するのだ!」
 
 前線には、久々にディミトリー・パイエ、フロリアン・トバン、ベネデットの3人が揃い踏み。トップ下でミカエル・キュイザンスが組み立てるという布陣が組んだ。そして2分にはまずトバンが、次いで35分にはパイエがゴールした。

 やがて60分――。相手チームのハンドでPKシーンが訪れた。キッカーは本来ならパイエだが、ベネデットにボールを渡した。ベネデットは思わずベンチを見て、監督に「蹴ってもいい?」の合図を送る。ヴィラス・ボアス監督は「蹴っていい」のサインを返した。パイエはベネデットの頬にキスして励ました。

 ベネデットの右足が降り抜かれた。名GKアルバン・ラフォンの長い腕も、ベネデットの「魂」をストップすることはできなかった。

 CL敗退は決まってしまったが、リーグ・アンでのマルセイユは11月30日現在、コロナ禍による延期で他より2試合少ないにもかかわらず6位につけている。宿敵パリ・サンジェルマン(首位)との勝点差はわずか4ポイント、2〜5位(タイ)との勝点差はたった1ポイントだ。

 ディエゴに捧げた9か月ぶりのこのゴールで、ベネデットとマルセイユは再スタートできるだろうか。

取材・文●結城麻里
text by Marie YUUKI

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