「8季ぶりに力を発揮したい」仙台・手倉森新監督、就任会見で震災10年への熱き想いを激白

「8季ぶりに力を発揮したい」仙台・手倉森新監督、就任会見で震災10年への熱き想いを激白

就任会見で笑顔を見せる手倉森誠新監督と佐々木知廣代表取締役社。写真提供:ベガルタ仙台



 監督就任会見の中で、「8季ぶりなんですよね。8季ぶりに力を発揮したい」。新指揮官からは得意のダジャレが早速飛び出した。

 木山隆之前監督が1年で退任し、後任監督を探していた仙台だったが、白羽の矢を立てたのは、J2長崎の監督を12月20日の最終節をもって退任したばかりの手倉森誠監督だった。12月14日に就任した仙台・佐々木知廣代表取締役社長は「新監督については4点選考の基準を出していました。1.J1の指導経験があること。2.仙台への思い入れがあること。3.仙台の経営状況にある程度納得いただけること。4.周囲の納得感。これら2つ3つ該当する人を、と考えていましたが、結果的に手倉森監督は全てに該当します」と監督就任の経緯を語った。まさに4点の基準全て満たすのは、手倉森監督をおいて他にはいない。J2リーグ戦終了後すぐにオファーを出し、12月28日に契約を済ませ、29日発表となった。

 手倉森監督は2008〜2013シーズン仙台の監督を務め、チームをJ2からJ1へと昇格させた。さらには2011年3月11日の東日本大震災があったなか、「希望の光」を合言葉に躍動的なサッカーを見せ、2011シーズンはJ1リーグ4位、2012シーズンは優勝争いを繰り広げ、J1リーグ2位と好成績に導いた。手腕を買われ、2014シーズンからはU-21〜23日本代表監督を務め、2016年リオデジャネイロ五輪代表チームを率いた。その後2018年まで日本代表コーチを務めた後、2019〜2020シーズンはJ2長崎の監督を務めた。今季はあと一歩でJ1昇格というところまで迫るも3位に終わり、監督を退任したばかりだった。

 長崎での最後の試合からわずか9日での仙台監督就任発表。「こんなタイミングがあるのかと率直に思いました」と手倉森監督自身も仙台からのオファーに驚いたという。「ベガルタがコロナ禍で苦しんでいたこと、震災から10年、などベガルタ側の状況を見た時、震災からの復興10年のシーズンにオファーをいただいたのは運命だと感じました」と、このタイミングでの監督就任経緯について語った。

 まず着手したいことについては「今季のいろんな出来事で気持ちが離れてしまった県民、市民の気持ちを取り戻したい」と語った。仙台は今季、債務超過に陥るなど経営が悪化、チームも17位と低迷、さらには所属選手の不祥事と悪い出来事が重なった。
「ネガティブな状況に置かれたクラブを健全な状態へ導くためには、県民市民を納得させられる言動が必要です。リーグ戦を戦っていれば良いだけではなく、被災地と共存共栄しなければなりません」と、改めて仙台・宮城・東北という地域を向いたチームにしたいという。
 

 震災の頃を振り返り、「東北が大きな打撃を受け、立ち上がるまで時間が必要な中、『希望の光』になるとエネルギーを注いだことに対し、地域も復興へのエネルギーを出せていました。その後ベガルタがJ1で苦しんでいるなか、地域も復興への道の途中でくたびれ出したのかもしれないと思いました。節目の10年、もう1回、東北は沈んでちゃいけないとエネルギーを出し合うことが必要とされています。僕、クラブ、スタッフ、フロント、サポーター、全員で示し合って、新たな一歩を力強く踏み出したい」と、クラブも地域もエネルギーを出し合う関係をもう一度築いていきたいと、強い意気込みを語った。

「手倉森が来たから大丈夫だ、と思われるのも良くありません。来たからには必死にやるしかないという思いでいてほしい」とサポーターや地域が、監督や選手にお任せではなく、一緒に戦う関係を築きたいという。

 五輪代表監督などを経験したからこそ落とし込めることは何かを問うと「(最初に仙台の監督を務めた時は)J2の畑から上がってきて、あの頃は代表選手がいませんでした。なので、平瀬智行(現・仙台クラブコーディネーター)や柳沢敦(現・鹿島ユースコーチ)の力を借りました。五輪世代や日本代表の優秀な選手たちと活動し、トップのレベルを肌で感じましたので、それを基準に指導していきたいです。甘えを許さず上には上がいると伝え、仙台から代表選手をどんどん送り込みたい」と厳しい基準で仙台から日本、世界へ羽ばたく選手を育てていく構えだ。

「仙台は震災に負けてないこと、そしてコロナ禍も乗り越え、逆境からはい上がる姿を示して、ベガルタ旋風を日本に轟かせたい」と熱く語った手倉森新監督。今季様々な出来事によりクラブが大きなダメージを負ったなかで、チーム状況を立て直すことは決して簡単ではない。が、震災後チームを飛躍させた8季ぶりに就任する指揮官からは、大きな困難を乗り越えようとするエネルギーが満ちあふれていた。

取材・文●小林健志(フリーライター)

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