「従えない奴は帰れ」ストイコビッチがセルビア代表戦士に厳しい要求! 名古屋時代の戦友からはエール&“喧嘩エピソード”も…

「従えない奴は帰れ」ストイコビッチがセルビア代表戦士に厳しい要求! 名古屋時代の戦友からはエール&“喧嘩エピソード”も…

祖国セルビアの代監督に就任したストイコビッチ。(C)SOCCER DIGEST



 名古屋グランパスで7年間プレーし、監督としては同クラブを初のリーグ優勝に導いたドラガン・ストイコビッチが、祖国セルビア代表の監督に就任することが明らかになった。就任期間はEURO2024年の予選終了時までという。

 現役時代はラドニツキ・ニシュ、レッドスター、マルセイユ、ヴェローナ、名古屋でファンタジー溢れるプレーを披露し、ユーゴスラビア代表としてはワールドカップに2度(1990年、98年)、EUROに2度(84年、2000年)出場。監督としては、名古屋を2008年から6年間指揮し、15年からは中国の広州富力を率い、昨年退任していた。

 01年の現役引退後、いきなりユーゴスラビア・サッカー協会の会長に就任し、その4年後には古巣レッドスターの会長となった「ピクシー」。通常とは逆の順序を辿りながら、今回、母国の代表監督という要職を担うことになった。

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 かつてチームカラーから「プラービ(青)」と呼ばれ、現在は「オルロビ(鷲)」を愛称とする赤いユニホームの代表チームを率いることになったレジェンドは、まだ正式発表ではないとしながらも、新たな任務に対する抱負を力強く語っている(『ZURNAL』より)。

「祖国の紋章、国歌、旗を守ることには、大きな名誉と特権を感じる。生まれ変わった気持ちで、愛国心を持ってこの仕事に取り組みたい。そして、成功したいという気持ちも強い。セルビアを誇りに思えるような何かを、このチームで成し遂げたい」

 3年前にも監督就任のオファーを受けたというピクシーは、「私には独自のビジョンがあり、国民にはそれに耳を傾けてほしい。最も重要なことは、我々を信頼し、忍耐強く待つことだ。私は愛国者として、専門家として仕事を果たす。それは疑いのないことだ」と語り、代表チームと一緒に戦うことを国民に呼びかけた。

 また、選手には「国のために戦ってほしい。これは、お金の問題ではない」と訴え、「最善を尽くしてほしい。私のチームでは、ルールに従って全ての力を注ぐか、荷物をまとめて帰るかのどちらかだ」と厳しい面も見せた。
 
「この国のために人生を捧げる。決して冗談ではない」と断言した55歳。この新たな代表には、かつての戦友もエールを送っている。ニシュ、レッドスター、ユーゴスラビア代表、そして名古屋でピクシーとプレーしたドラギシャ・ビニッチだ。

 日本では鳥栖フューチャーズでもプレーし、引退後は自国クラブのオビリッチでディレクターを務めた元快足ストライカーは、「非常に困難な時期での就任だ」と同情を示す一方で、それ以上の信頼と期待を示した(『Glassrpske』より)。

「EUROの出場権をプレーオフの末に逃した後で、挑戦を恐れることのないピクシーを招聘したことは、サッカー協会にとっては最も論理的な解決策だ。彼は選手に対しても強い権威を示せる存在であり、最初の仕事となるカタール・ワールドカップ予選(3月24日〜)でもポジティブな結果が期待できる」
 
「(12〜13年に代表監督だった)シニシャ・ミハイロビッチ(現ボローニャ監督)が良いチームを作り、結果を出し始めたところで、連盟は彼がサンプドリアに行くのを許してしまったが、同じ過ちを繰り返してはならない。ピクシーは精神力が強く、その経験からサッカーをよく分かっている。彼の存在は間違いなく代表の強化に役立つし、そのためには大衆が彼に信頼を寄せることが大事だ」

 こう語ったビニッチは、長い付き合いであるピクシーに関し、地方都市のニシュから首都ベオグラードのレッドスターに移籍した際の精神的な苦労や、それを克服してクラブの「五星人」になったこと、ピクシーがセルビア音楽を好み、よくマイクを持って熱唱していたことを紹介。また、ビニッチ自身もピクシーのプレーに惚れ込んでおり、彼に辛辣な役人と喧嘩になったことなども明かしている。

 ちなみにピクシーも、祖国に帰還したことで、自国クラブにも言及。デヤン・スタンコビッチ率いる古巣レッドスターがヨーロッパリーグ決勝トーナメント1回戦の第1レグ(ホームゲーム)でミランと2-2で引き分けたことについて、「2戦目はミラン有利なのはもちろんだが、レッドスターは勇敢に戦い、最後まで最大限の力を出す必要がある。ただ、ここまで来れたことは良い結果だと思う」と語った。

 奇しくも先日、イタリアのラジオ局のインタビューで、自身がレッドスターの背番号10として大活躍した1988-89シーズンのチャンピオンズ・カップ(現リーグ)2回戦での、ミランとの伝説の一戦を振り返り、命運を分けた濃霧の中でのエピソードを明かしたピクシー。祖国の輝かしい歴史を紡いできたレジェンドは、指揮官としても伝説を創成できるか。

構成●サッカーダイジェストWeb編集部

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