バルサのCL早期敗退に各方面から厳しい声。今夏はメッシ、前回はフィーゴ…21年前との「類似点」とは?

バルサのCL早期敗退に各方面から厳しい声。今夏はメッシ、前回はフィーゴ…21年前との「類似点」とは?

CL予選敗退という憂き目にあったバルサ。再建には時間がかかりそうだ。(C)Getty Images

現地時間12月8日、バルセロナはチャンピオンズ・リーグ(CL)のグループステージ最終節バイエルン戦を0-3で落とし、グループEでベンフィカの後塵を拝して3位で脱落、ヨーロッパリーグ(EL)の決勝トーナメントに戦いの場を移すこととなった。

 勝てば自力で突破という状況で気合を入れて敵地アリアンツ・アレーナに臨んだバルサだったが、相手に主導権を握られて34分にトーマス・ミュラーの史上8人目となるCL50得点目をヘッド弾で許してしまう。すると、43分にはレロイ・ザネの強烈なミドルを浴び、さらに62分には18歳のジャマル・ムシアラにトドメを刺され、実に21年ぶりとなるCLでのグループステージ敗退という憂き目に遭った。

 先月、期待を持ってカタールから古巣のバルサに帰還したレジェンドのシャビ監督は、この無残な結果に「腹立たしい。これが現実だということに怒っている。しかし、立ち向かうしかない」とコメント。「もっと自分に対して多くを求める必要がある。我々はバルサなのだから。この敗北を、多くのことを劇的に変えるためのターニングポイントにしなければならない。我々は今、競争ができていない。これはCLにもかかわらず、だ。しかし、これが現実だ」と、チームに欠けているものについても言及した。
  また、キャリア初のCL早期敗退を経験したMFセルヒオ・ブスケッツは「グループを突破できなかったのは、タフなことであり、痛恨の極みだ。クラブのデリケートな状況、適切に物事が進んでいないこと、選手の力と仕事不足……様々な要因が重なって、このような結果になった。全てが、状況を非常に複雑なものにしている」と現在の気持ちとクラブの現状を明かし、また「以前には、チェルシーやバイエルンも我々と同じ経験をしている。だからうまくやれば、バルサも素晴らしいクラブだ」とも語っている。

 ELでのプレーについて、シャビ監督は「我々の目標ではない」、ブスケッツは「プライドが傷ついた。苦痛だ」と正直な心情を吐露したが、指揮官は「今日から新しいステージが始まる。ゼロから始めるんだ」と視線を前に向け、ジョアン・ラポルタ会長は「我々は皆、同じ方向に向かって進まなければならない」と困難な時期での一致団結の重要性を強調した(マドリードのスポーツ紙『MARCA』より)。

 また、ロナルド・アラウホは「今の目標はELで優勝すること。我々はバルサだ。競走して勝ち続けなければならない」と、いかなるコンペティションにも全力を尽くすことを誓ったが、『MARCA』紙は「このチームでは、ELですら勝てない。数えきれないほどの強敵と対戦する可能性があり、タイトルを手にするにはチームに大きな変化が必要となる」と厳しく指摘。またバイエルンのミュラーは、「バルサは、技術や戦術については問題がないが、トップレベルでのプレーの強度に対応ができていない」と、敵の問題を挙げている。
  マドリードのもうひとつのスポーツ紙『AS』からは「バルサはサッカーエリートからの辞意を表明した」と報じられ、元イングランド代表FWのコメンテーター、ジョー・コールからは「勝利をもたらせられる複数の選手を迎えるなど、大規模なチームの再建が必要だ」(『BT Sport』より)と提言されたバルサについては、また国内外の複数のメディアが21年前との興味深い“類似点”を紹介している。

 前述の通り、2000-01シーズンにCLでグループ敗退を喫したバルサだが、このシーズンの開幕前には、ひとつの移籍劇がサッカー界を騒然とさせた。バルサの攻撃の核でもあったポルトガル代表アタッカー、ルイス・フィーゴが、6000万ユーロ(約78億円)で最大の宿敵レアル・マドリーへの禁断の移籍を果たしたからだ。バルサでの待遇に不満を抱いていたフィーゴ、マドリー会長選で「フィーゴ獲得」を公約に掲げていたフロレンティーノ・ペレスの思惑が一致した結果だった。

 以降、バルセロニスタからは「守銭奴」「裏切り者」として嫌われ、カンプ・ノウでのクラシコではCKを蹴る彼に豚の頭などが投げつけられるという逸話も残したフィーゴ。一方、今年は大エースのリオネル・メッシが育成時代から所属してきたバルサを退団した。こちらは最後まで残留を希望していたという点では、フィーゴとは異なるかもしれないが、キャプテンも務めてチームを牽引していた存在が去った一大事件であったことに変わりはない。そして、両選手ともに退団した年にバロンドールを受賞したという点も同じだ。
  また、21年前は会長がジョアン・ガスパール(現会長と同じ名前だ)に代わり、ヨハン・クライフのスペクタクルサッカーの信奉者といわれたロレンソ・セラ・フェレールが期待を受けて監督に就任した年でもあったが、会長主導の偏った戦力補強が災いし、また当時の中心選手ジョゼップ・グアルディオラが長期負傷した結果、リバウド、パトリック・クライファート、マルク・オーフェルマルス、ルイス・エンリケ、フィリップ・コクーといった名手を揃えながらも、バルサは不振を極めた(現監督のシャビも在籍して2得点を記録)。

 CLではミラン、ベジクタシュの後塵を拝する3位敗退(マドリー、デポルティボ、バレンシアら他のスペイン勢は全て突破)でUEFAカップ(当時)に移行し、準決勝ではリバプールにノーゴールで敗北。そしてラ・リーガでは一度も2位以上に上がれずに94-95シーズン以来となる4位という順位でフィニッシュし、チームは無冠でシーズンを終えた。なお、期待を受けたセラ・フェレール監督は31節終了後に解任され、カルレス・レシャックが後釜に収まったが、彼もまた翌シーズンに混乱の種となった。

 その後もガスパール会長が多額の負債を生み出し、ルイス・ファン・ハール監督の下でチーム史上最悪の時期で送るなど、暗黒時代はラポルタ会長とフランク・ライカールト監督が到来する2003-04シーズンまで続いたが、当時よりも財政事情的に厳しい現在のバルサは、ロナルド・クーマンの後を受けたシャビの下でいかなる道を辿るのだろうか。

構成●THE DIGEST編集部

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