欧州残留も探っていた名手スアレスはなぜ母国復帰? “奇跡”を起こしたのはサポーターたちの愛だった「浪漫は健在である」【現地発】

欧州残留も探っていた名手スアレスはなぜ母国復帰? “奇跡”を起こしたのはサポーターたちの愛だった「浪漫は健在である」【現地発】

古巣であるナシオナルに電撃復帰を果たしたスアレス。欧州でのプレーを視野に入れて新天地を模索していた彼が舞い戻った理由はなんだったのか。(C)Getty Images

「私はサポーターを誇りに思っています。彼らが奇跡を起こしてくれたのですよ」

 ウルグアイ代表FWルイス・スアレスの古巣ナシオナルへの復帰が決まったとき、同クラブのホセ・フエンテス会長は開口一番にサポーターを讃えた。夢物語と思われたスターの帰還が実現したのは他でもない彼らの情熱的な愛と行動力の賜物だったからだ。

 事の起こりは7月7日。それまで「ほぼ確実」と報じられていたアルゼンチンの名門リーベルプレート入団について、母国のメディアの取材に応じたスアレスが「リーベルがコパ・リベルタドーレスで敗退したので可能性はなくなった」と伝えた際に、こう洩らしたことがきっかけだった。

「第一希望は欧州に残ることだ。でも、ここで重要なのは金銭的な条件ではない。ナシオナル? いや、誰からも連絡はもらっていないよ。僕が(欧州以外の)リーベルに扉を開いたと知っているのなら、ナシオナルから連絡があってもいいと思わないかい?」
  この発言を聞いて黙っていなかったのが、ナシオナルのサポーターだった。すぐさまSNSで「#SuarezANacional」(スアレスをナシオナルへ)というハッシュタグを拡散させ、皆がナシオナルのユニホームを着たスアレスの加工画像をプロフィール画像に使用。卒然と始まったこの「スアレス復帰祈願キャンペーン」は一気に広まり、ハッシュタグ付きのツイート数は総計5000万を超え、一時は世界のトレンド入りを果たすほど、大規模なものに発展。人口350万人弱の小さな国で発起した、空前絶後のムーブメントとなったのだ。

 私がその動きを知ったのは、ウルグアイの新聞エル・オブセルバドール紙でナシオナルの番記者を務めるセバスティアン・アマジャがツイッターで「俺のタイムラインがスアレスの顔で埋まっている」と呟いた時だった。「スアレスをナシオナルへ」のハッシュタグが付いたツイートを見てみると、見事にほぼ全てのユーザーが同じ加工画像をプロフィール画像にしていて、私のタイムラインも一瞬でスアレスの顔だらけになった。

 それだけではない。7月21日に行なわれたリーグ戦ではスアレスのペーパーマスクが2万枚配布されたほか、彼の背番号である9にちなんで前半9分には、彼の愛称である「ルーチョ」をサポーターが一斉にコール。ナシオナルの5点目となる得点をマークしたDFクリスティアン・アルメイダまでが、スアレスのマスクをつけてゴールを祝福したのである。 欧州残留の可能性を探りつつ、MLSクラブからのオファーを前向きに検討していたスアレスも、この熱烈なラブコールには魂を大きく揺さぶられた。

 そして、直接交渉のためにスペインへやって来たフエンテス会長と話し合い、SNSを通じて自ら古巣復帰を公表したのは、「ナシオナルから連絡がない」と不満げに呟いてから3週間後の7月26日のことだった。

 それから5日後、スアレスはウルグアイの首都モンテビデオに到着。ナシオナルの本拠地グラン・パルケ・セントラル(GPC)で行なわれたお披露目イベントで、スアレスは大観衆の前でマイクを渡されるや、自分がなぜその場にいるのかを明確にした。

「トリコロール(ナシオナルの愛称)の皆さん、そしてウルグアイの皆さん、こんにちは。何よりもまず、感謝の気持ちを伝えたいです。僕がここにいるのは、あなたたちのおかげなのですから」
  その言葉に触発されたサポーターが「俺たちはルイス・スアレスに導かれてウイニングランをするのだ」と大合唱して沸き上がり、当のスアレス本人はちょっと照れた顔でスタンドを見渡した。まさか自分がこのタイミングで16年ぶりに古巣に戻れるとは想像もしていなかったに違いない。彼がその「まさか」を現実のものにしてみせたサポーターの愛を初めて肌で感じたのはこの時だった。

 契約は今年12月までの5月。その間にカタール・ワールドカップが入るため、実際にナシオナルでプレーする期間は3か月ほどしかない。サポーターとスアレスにとっては時間制限が設けられた「束の間の恋」となるが、その間にウルグアイ1部リーグ後期とコパ・スダメリカーナで優勝は狙える(※その後コパ・スダメリカーナは準々決勝で敗退)。

 このロマンチックで情熱的なドラマの始まりをこの目で見たい。SNSをスアレスの顔で埋め尽くし、古巣に呼び戻すことに成功したサポーターの熱さを現地で体感したい──そう思った私はいてもたってもいられなくなり、スアレス復帰後の最初の試合を観るためモンテビデオに飛んだ。

 復帰デビュー戦となったのは、8月2日に行なわれたコパ・スダメリカーナ準々決勝1stレグのナシオナル対アトレチコ・ゴイアニエンセ戦。クラブの広報担当者アドルフォ・ビデガインによると、チケットは完売し、34000人収容のGPCは満員御礼とのことだった。

 スタジアム周辺の売店ではスアレス関連の様々な非公式グッズが販売され、その多くには復帰祈願キャンペーンで使われた例のスアレスの画像がプリントされていた。Tシャツにソックスまであったなかで、実際に手にしていた人が多かったのが、キャップだ。販売していた女性に言わせると、この画像は「ナシオナルのサポーターの力とスアレスへの愛を示すシンボルのようなもの」という。1つ200ペソ(約660円)という手頃な値段も相まって、飛ぶように売れていた。 ゴイアニエンセ戦でのスアレスはベンチスタートとなった。だが、試合前のメンバー紹介では他の誰よりも大きな拍手喝采が巻き起こった。

 スタジアムDJがスアレスの名前を呼ぶ前に「さあ皆さん、立ってください」と呼びかけるまでもなくスタンドにいた全員が自発的に立ち上がり、GPCには割れんばかりの拍手に続いて「オーレー、オレオレオレー! ルーチョ! ルーチョ!」のコールが鳴り響く。ウルグアイの有力紙『EL PAIS』のフアン・パブロ・ロメロ記者は「控え選手がこれほどの喝采を受けるなんて普通ならありえない」と驚嘆した。

「なんといってもウルグアイ代表の歴代得点王が、まだ現役としてプレーできる時にプロデビューした古巣に戻って来たのだからね。世界的に有名なスター選手が高額な報酬よりもクラブ愛を選んだことは、ナシオナルのサポーターだけでなく、ウルグアイ国民にとって誇らしく喜ばしいことだ」

 ロメロ記者の言う通り、代表チームの人気が非常に高いウルグアイでは、ナシオナルのサポーター以外にも今回のスアレスの帰還を喜んでいる人が少なくない。現にアウェーゲームでは、対戦相手のスタジアムに通常を上回る数の観客が集まることが予想されている。W杯を目前に控えた今、身近な国内リーグで、代表チームの花形選手のプレーを堪能できるのは、ウルグアイの人々にとってこれ以上ない贅沢なのだ。

 ゴイアニエンセを相手にナシオナルは圧倒的にゲームを支配したがゴールが遠く、しかも23分に1点リードされたことによって、人々の視線はピッチ脇でアップを続けるスアレスに一層集中。現時点で国内での実力No.1プレーヤーと評価され、同じくベンチ要員だった23歳のFWブライアン・オカンポとスアレスの一刻も早い出場を切願する声がスタンドから飛び交った。

 ナシオナルのパブロ・レペット監督は、64分にまずオカンポを投入。そして10分後にナシオナルのサポーターが待ち焦がれていた瞬間がついに訪れた。スアレスの登場だ。

 ポリカーボネート板に覆われたブース内の記者席にいた私は、スアレスがピッチに入った時、大歓声が衝撃波並の力を発したかのような振動を感じた。前方にいたインターネットラジオのアナウンサーは「スタジアムが崩壊しそうです!」と叫んでいたが、決して大袈裟な表現ではない。それはまさに「スアレス旋風」が巻き起こった瞬間だった。
  タイムアップまでの20分間、スアレスは積極的に攻撃に参加。オカンポへの素早いパスから速攻の起点となったほか、エリア内では決定的なアシストも出し、その度に歓声が巻き起こる。それでもナシオナルは得点を挙げることができず、試合は0−1のまま終了。私が「残念でしたね」と言うと、ロメロはこう答えた。

「確かに残念だ。でも今日の結果がスアレス復帰の価値と歓びをかき消すことはない。それはここにいる34000人だけでなく、ウルグアイの人みんながわかっている」

 スアレス旋風をもう少し体感したい未練を残しつつモンテビデオを去った私が、ロメロの言葉の意味を理解したのは、復帰デビュー戦から3日後に行なわれたリーグ第2節の対レンティスタス戦だった。

 58分に交代出場したスアレスがオカンポの蹴ったCKをヘディングでゴールに叩き込んだ直後、スタンドから崩れ落ちるように狂喜しながら復帰初ゴールを祝福したサポーター。そして、終了間際にスアレスが蹴ったPKを止め、試合後にスター選手から激励された時の写真をまるで勲章のようにツイッターのプロフィール画像に使っているレンティスタスのGKルーカス・マチャード。スアレスが引き起こす現象の全てが、ナシオナルの試合結果以上の影響力を発する。それは、ウルグアイという小さな国で人々の心を動かす大きな力となっている。

 フエンテス会長は冒頭の言葉のあとで「スアレスはサッカーにまだ浪漫が健在であることを示してくれた」と語ったが、この復帰の価値を巧みに表した名台詞に強い共感を覚える。そしてナシオナルと、いや、カタールW杯でも続くウルグアイとスアレスの恋の行方が楽しみで仕方ない。

取材・文●チヅル・デ・ガルシア text by Chizuru de GARCIA

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