バイエルンが一家まとめて“引き抜き”、父親には仕事を斡旋。激しい論争を生んだ9歳の少年獲得は健全な成長に繋がるのか?【現地発】

バイエルンが一家まとめて“引き抜き”、父親には仕事を斡旋。激しい論争を生んだ9歳の少年獲得は健全な成長に繋がるのか?【現地発】

ドイツ国内で絶対的存在として君臨するバイエルン。彼らの選手獲得には一部で反感の声が上がっている。(C)Getty Images

満員のスタジアムで大歓声とブーイングの両方をものともせず、ボールをめぐって身体をぶつけあいながら戦っていく――。アタッカーならば軽やかな動きで敵陣を突破し、ディフェンダーならば土壇場で身体を張って相手のシュートを阻止する姿にサッカーファンは魅了され、そして小さな子どもたちは「いつか僕も!」と夢を見るのだろう。

 そんな子どもたちにとって、プロクラブの育成アカデミーからのオファー、それもトップレベルのプロクラブからのものであれば、「夢の扉を開けるかも!」と飛び上がって喜ぶのが普通だ。クラブ側にしても将来性のあるタレントの卵ならば是が非でも獲得し、自前で育てあげたいと思うものだ。

 だからといって、どんな手段を講じてでも獲得するのが、若い選手の成長につながるのだろうか。

 ドイツの指導者業界で激しい論争を起こしている話がある。

 ブンデスリーガの古豪マインツの育成アカデミーでプレーしていた選手がいた。ダイナミックな動きと類まれなボールコントロールのセンスを持った9歳の少年だ。その子にいち早く声をかけたのは、ドイツの“盟主”バイエルンだった。
 “獲得”したのは、彼一人ではなかった。12歳と14歳の兄も一緒に移籍。そして家族で引っ越すからと、父親にも仕事を斡旋。フランクフルトのサッカースクールで指導をしていた父はバイエルンの国際育成部門で指導者をする契約になったという。

 バイエルンの育成アカデミーダイレクターを務めるヨハン・ザウアー氏は、「スカウトが長男の獲得に関して両親とコンタクトを取ったところ、家族全員でミュンヘンへ引っ越すことを条件に出してきた。マインツとは最初から情報のやり取りをして、適切な育成補填費を支払うことで合意している。両クラブともプロフェッショナルなやり取りだった」とコメント。9歳の選手を獲得したという指摘に対しては「スポーツ面から見て我々の意図するところはU-15選手の獲得」であり、それ以外の決断は家族が下したものという見解を口にしている。

 たしかにそうかもしれない。「しっかりとルールに則った形で行なわれた移籍だ」というバイエルン側の主張は正しいのだろう。だが、果たして育成という観点から見たときに「だから獲得は間違ってない」と言えるだろうか。

 9歳の子どもがマインツからバイエルンへ移籍するという事実を、どこまで正確に、どこまで謙虚に受け止めているだろう? 正直に「本当はお兄ちゃんを獲得したかったんだよ」という話をされれば、本人はショックを抱えるに違いない。だからといって「君をどうしても獲得したかったんだ」と言ってしまえば、「自分は特別な存在なんだ」と勘違いをしてしまう恐れが大いにある。 才能がどれだけあると思われる存在でも、順調に成長し続けられるかは分からない。伸び悩む時期は誰にだってくる。その時に本人は自分と向き合えるのか。心の声を確かに聴けるのだろうか。そして再び自分の足で立ち上がれるのだろうか。

 そうした本当の質が形作られるのは、本来はもっと先の話だ。

 ドイツの選手育成において有名なフライブルクで、育成アカデミーのスポーツ部門ダイレクターを務めるマルクス・シュバルツァー氏が言っていた。

「育成における道路とは可能な限り太く、可能な限り長く作ってみていかなければならない。長期的な視野なしにうまくいくことは絶対にない。スカウティングとはどこまで意味がある? 子どもがまだ幼い段階でのスカウティングは必要なのか。断言する。それは間違っている。子どもたちの成長にはそれぞれ大きな違いがある。彼らの本当の資質というのは17,18歳で最初に見えてくるものであり、多くはそれ以降にならないとわからない」

 どれだけの選手が『天才児』として世間の注目を集めているのだろうか。そのうちどれくらいの子どもたちが健全に成長する環境でプレーできているのだろう。子どもらしく友人たちと、仲間内でサッカーを心の底から楽しみながら、ワクワクし、ドキドキしながらプレーできる環境なくして、選手、そして人間としての成長はできないはずだ。
  マインツ強化部長のクリスティアン・ハイデル氏は、「3選手ともできたら留まってほしかったし、そのためにできることはすべてした。だが、家族はミュンヘンへ行くことを決断した」と話している。クラブとしても、そうなったらどうすることもできない。

 マインツ育成アカデミーで育成指導者チーフを務め、今はU-23監督を務めているヤン・ジーベルトの言葉を思い出す。

「いま育成でプレーしている選手の親世代は、子どもたちの世話をすることが、子どもたちのためになると信じている人が多い世代でもあるんだ。でも、子どもが成長していくのには、自分で取り組んで、ミスをして、そこから学ぶことがすごく大切なんだ。マインツでは、育成選手のそうした人間性の成長サポートをとても重要視している」

 指導者は世話をすればするほど、子どもたちが成長する機会を奪っていると気づけなければならない。果たして、9歳、12歳、14歳の子どもを他の町から家族ごと獲得する行為が、育成年代選手の成長に繋がるのか。家族と一緒の移籍ならば問題はないのか。バイエルンというメガクラブの育成アカデミーが獲得したという事実だけがハイライトになるのは、悲し過ぎる。今は3人がそうならないのを祈るばかりだ。

 無論、一連の話はドイツだけに限ったものではない。ヨーロッパはもちろん、そして世界のどこでも、もちろん日本でもある話だ。国内移籍に関してもそうだし、海外移籍に関してもそう。所属先や立場が未来を拓くのではない。若ければ若いほうがいいというのもない。それぞれにあったルートとタイミングがある。

 自分がどの成長段階にあって、どれだけのことが自分で出来るのかという現実が前提としてあって、その先にどんな体験を積み重ねられるのかを、大切に考えなければならない。

取材・文●中野吉之伴

【関連記事】「予想不可能な魔法」マンU撃破の原動力となった久保建英に最高評価と賛辞が続々! 米メディアは「ブレイク」を予想

【関連記事】C・ロナウドに囁かれる限界説… 厳しい目に晒されるレジェンドを、独誌は過去の名手と比較し「答えを出すのはまだ早い」

【関連記事】なんと米メディアが早くもカタールW杯全試合の結果を徹底予想! 日本の結果、そして優勝国は!?

関連記事(外部サイト)

  • 記事にコメントを書いてみませんか?