Jリーグ特任理事にサプライズ選出された、格闘技界の風雲児“アンディ秦”とは何者か

Jリーグ特任理事にサプライズ選出された、格闘技界の風雲児“アンディ秦”とは何者か

Jリーグ特任理事に就任した秦氏。強力な“助っ人”が加わった。(C)ONE Championship

「まさか選ばれるとは思っていなかったんで、正直ビックリしました。でも、嬉しかったですね。必要としてくれたんだなって。そこは本当に、光栄に感じました」

 格闘技界の風雲児はそう言って、少し照れくさそうに笑った。

 3月12日、Jリーグは2020年度の理事会メンバーを発表した。これまでもサッカー界以外の分野から広く人材を募ってきたJリーグ理事会だが、今回はまたユニークな人物が名を連ねている。議決権を持たないものの、会議でなんら制約なく質疑応答ができる「特任理事」に、格闘技団体ONE Championship Japan(以下ONE)の代表を務める秦アンディ英之氏が初選出されたのだ。

「昨年の8月でしたね。選考委員会の方が来てくださって、候補に挙がっているから話を訊かせてほしいと。経歴や考えなどをいろいろお話ししました。で、どうなったんだろうと思っていたら、今年の2月になって就任打診の連絡が急に来たんですよ。驚きました!」

 とはいえ、新特任理事は完全な門外漢ではない。

 1972年生まれの秦氏は、かつてアメリカンフットボールで日本一にも輝いた元アスリートだ。明治大学卒業後にソニーへ入社して本業に従事するかたわら、社会人チームであるアサヒビールシルバースターで活躍。1999年、現役生活にピリオドを打つと、ここからサッカー界との関わりを一気に強めていった。

  ちょうど、ソニーがワールドカップの大会公式スポンサーを務めていた時期だ。社のブランディングを推進する部署に所属していた秦氏はグローバルな広告戦略を担い、それこそ世界中を駆けずり回った。FIFA(国際サッカー連盟)を筆頭に国内外のサッカー・スポーツ関係者との人脈を大いに広げ、知己を深めたのだ。2013年にソニーを退職すると、日本法人の社長を務めていたレピュコム・ジャパンが世界最大手の調査会社ニールセンに買収されたのを受け、今度は同社の日本法人社長兼北アジア地域代表に就任した。

 その期間、秦氏はJリーグとの距離をよりいっそう縮める。外部スタッフのマーケティング委員として辣腕を振るい、クラブ単位では鹿島アントラーズのサポートなども担当。サッカー育成年代の指導者や新旧の日本代表選手らとの親交も深めていった。

 そして2018年末、ONEの日本代表取締役社長に転身。秦氏は「なにより、ビジネスの新鮮さに惹かれたんです。日本のスポーツが日本以外になかなか進出できないなかで、なぜ格闘技はアジアでこれだけ広がったのかを勉強してみたい。その欲求からでしたね」と、当時を振り返る。 ONEは2011年にシンガポールで設立された格闘技(マーシャルアーツ)団体で、新進気鋭ながら瞬く間に世界的な人気と知名度を得るに至った。いまや世界151か国で放送され、視聴者数は驚愕の26億人を誇る。昨年3月に開催された初の日本大会は成功裏に終わり、10月の大会でも8500万人を超える視聴者数を記録した。

 アジア戦略を推進したいJリーグにとっては、即効性のあるノウハウを数多有する超成長株だ。Jリーグが“アンディ”に求めるのも、まさにそうした側面となる。

「私がずっと携わってきたスポーツビジネスの国際的な知見。そこに加えて、アジアに強い格闘技団体の代表を務めている。国際進出を推進したいJリーグに対して、どんどん助言をしていってほしいという話はしてもらいました」

 まずはなにを置いても、「Jリーグを海外に知らしめる」のが至上命題となる。日本国内におけるJリーグは、もちろんいくつかの課題は抱えながらも、誕生からの27年間で理想的な成長と発展を遂げてきた。足場はしっかりしている。では、ここからどう海外へ打って出て、国際的なステータスを確立させていくのか。

 秦氏は「その考え方」を理解するのが、なにより大事だと語る。

「ONEがそうなんですが、国際化のベースをしっかり作れるかだと思うんです。欧米的な運営のところですね。マーケットをちゃんと理解し、ビジネス感覚がしっかりあって、かつ需要を見ながらの展開です。例えばONEのファンの約7割はeスポーツが好きなんです。これを踏まえたうえで、ONEはeスポーツの格闘技じゃなくて、eスポーツ自体にビジネス進出したんです。だからやっていることはeスポーツそのもので、本当に理に適ったアプローチですよね。マーケットの作り方も上手い。見せ方やヒーローの育て方とか、東南アジアはとくにそこにこだわっています。Jリーグももっと、ヒーロー化を進めたほうがいいなと感じています」

 狙うべきファン層はどこになるのか。秦氏の考えでは、サッカーのタイ・リーグが好きなファンにJリーグをぶつけて食い合うより、カジュアルな層に向けて発信するのがベターだと捉えている。コアなファンだけに照準を合わせても、パイは広がらないと見ているのだ。

「マル(円)の外にあえて行っちゃう発想ですよね。サッカーのマルの外には違うマルがある。そのコア層をつなげていったら意外とつながるかもしれないし、興味層が広がるかもしれない。タイにいるムエタイの有名人とチャナティップを掛け合わせて、その入り口から地場のヒーローを作っていくとか。異業種のほうが広がりやすいのかなって思うんです。ちなみにONEの視聴者の84.2%が、放送、オンライン、スタジアム観戦などなんらかの形でサッカーを視聴しているようです」

  昨年秋、日本国中がラグビー・ワールドカップに熱狂した。もちろん既存のラグビーファンもたくさんスタジアムに駆けつけたが、ブームを拡大させていったのは“にわか”とも呼ばれた、シンプルにスポーツが好きなファンたちだった。

 日本での認知度をさらに高めたいONEにとっても、Jリーグは最高のパートナーだ。秦氏は「日本での我々はまだこれからです。Jリーグの力をONEにつなげたいし、JのファンにももっとONEがアジアで培ってきた魅力を知ってもらいたいですね。サッカーのシーズンオフには他競技を見る。お笑いを見る代わりにONEを見てもらう。そういうパイの広げ方が大事かなと思っています」と、想いを募らせる。そして、「選手同士の交流があっても面白い。ONEには日本では無名だけど、アジアでは超有名な選手もいますから」と青写真を描く。 Jリーグの国際化を見据えながら、秦氏のなかではもうひとつ、果たしたいミッションがあるという。

「確実に外に広めたい。そして、クラブに返したい。ただ知ってもらうだけでなく、有益なパイが広がるものにしたいんですね。エンジンになる部分のヒントを与えられればと。国をまたいだデジタルの活用の仕方や、さっきも言ったヒーロー像の作り方とか、ビジネス的な視点での考え方を提供していきたい。業界を超えて多面的に広がっていければと思っています。

 スポーツにはさまざまな共通点があります。例えばサッカーに素晴らしさがあるように、格闘技にも素晴らしさがあります。それを支えているのは、純粋な想いを持ったさまざまな立場の方々です。選手、フロント、メディア、企業、行政、そして、サポーターの方々です。その共通要素こそ、スポーツが社会へ還元する力にもなっている。日本のみならず、国の枠を超えて、みなさまと力を合わせながら、どんどんつなげていければと考えています」

 アジアの格闘技界で風雲を巻き起こしている“熱男”は、はたして2年の任期で、日本サッカー界にどんな新風を吹き込むのか。Jリーグは、実にいい人選をした。

「なによりもJリーグの国際化です。ここまで発展してきて根付いて、これからもプロ野球とともに日本を引っ張っていくでしょう。現在のこうした状況下にあって、Jリーグの素早い動きは大いに評価されています。日本をリードしていく団体としての良さを、是非世界に広めていきたい」

取材・文●川原崇(THE DIGEST編集部)

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