新型コロナ禍で欧州サッカーの移籍マーケットはどう変わる?予測困難な夏を読み解く「事象」と「傾向」

新型コロナ禍で欧州サッカーの移籍マーケットはどう変わる?予測困難な夏を読み解く「事象」と「傾向」

長期の中断が招くのは、マッチデー収入をはじめ経営を成り立たせている「三本柱」からの大幅減収。クラブの強化戦略にも影響が。(C)Getty Images

新型コロナウイルス禍によって欧州サッカーの未来は一変した。移籍マーケットも大きな影響を受けるのは間違いない。改めて現状を整理し、起こりうる事象を挙げながら市場のトレンドを予測。どう変わるのか、2020年夏を読み解くヒントを提示する。

■収支改善という隠れた目的が従来よりも強く入り込むはず

「今夏の移籍マーケットはどう変わる?」

 移籍報道のエキスパートである、お馴染みジャンルカ・ディ・マルツィオ記者にそう尋ねると、返ってきた答はこうだった。

「それはいい質問だね」

 誰もが疑問に思っている、しかし誰にも答えようがない問いを投げかけられた時の返事として、最もよく使われる常套句である。

 新型コロナウイルス禍によって欧州サッカーが中断されて2か月あまり。シーズン再開の目途すら立っていない今の時点で、シーズンオフの移籍マーケットがどうなるかを想定するのは、誰にとっても不可能だ。
  ひとつだけ確かなのは、コロナ禍が起こる前に立てられていた予想は、ほとんど意味を持たなくなったということ。2019−20シーズンが残り3か月の段階で中断したというだけでなく、欧州はもちろん北米、南米、そしてアジアと、世界各地で「自粛」から「ロックダウン」まで感染拡大防止のための施策が打ち出され、経済活動そのものが大きく制約されていることから、「ビジネスとしての欧州サッカー」は経済的にこれまでに例がないほどの大打撃を受けている。

 試合チケットをはじめとする「マッチデー収入」が消えるのはもちろん、TVやネット配信による試合中継がもたらす放映権料などの「ブロードキャスティング収入」、さらにはスポンサー契約料や広告収入、各種グッズ類がもたらすライセンス料などが含まれる「コマーシャル収入」まで、プロサッカークラブの経営を成り立たせている収入の三本柱すべてが大幅な減収を強いられるのだ。

 単なる目安以上の意味を持たないことを承知で最も単純に考えても、シーズンの3分の1にあたる期間(4か月)の活動が停止すれば、本来期待される売上高の3分の1を失う勘定になる。しかも、その4か月の間も、支出の半分以上を占める人件費をはじめ、コストのかなりの部分は同じようにのしかかる。プロサッカークラブの経営は基本的に、「良くて収支トントン」というのが現実なので、ほとんどのクラブが大幅な赤字に陥るのは避けられない。その幅を少しでも小さく抑えるために、いくつかのメガクラブは年俸の一部(2〜4か月分)カットや支払い保留といった対応策について選手サイドと話し合い、合意に達している。しかし、それもほとんどの場合は「焼け石に水」以上の重みは持たないだろう。

 赤字経営を立て直すためには、収支を改善する必要がある。そのための手段は2つ。収入を増やすことと支出を減らすことだ。では、その具体的な手段としては何があり得るだろうか。前述したように、チーム活動の全面的な中断によって「収入の三本柱」はすべて大幅な減収となっている。その中にあって、クラブが収入増を期待できる唯一の分野が、ほかでもない移籍マーケットだ。
  ヨーロッパのトップレベルでも、売上高で欧州トップ10を争うスーパーメガクラブ(プレミアのトップ6、ラ・リーガの二強、バイエルン・ミュンヘン、パリ・サンジェルマン)を例外として、他のほとんどのクラブは、主力選手を高値で売却する一方で、既存戦力あるいはより移籍金の安い新戦力でその穴を埋めることによって、移籍収支をプラスにして収益を上げる、いわゆる「プレーヤートレーディング」を経営の重要な柱とするようになっている。アトレティコ・マドリー、セビージャ、ユベントス、ASローマ、ボルシア・ドルトムント、リヨンといった、チャンピオンズ・リーグ(CL)でベスト8を狙うレベルのクラブですら、この「プレーヤートレーディング」から得る収益に頼ることでようやく、UEFAのファイナンシャル・フェアプレー(FFP)規定の範囲内に赤字を抑えるのが可能になっているのが現実だ。

 UEFAはFFPについて、今シーズンに関しては規定を緩和して適用の方法を見直す方針を明らかにしている。しかしそれを勘定に入れたとしてもなお、「三本柱」からの営業収入が大幅に減る影響による経営収支の悪化は、すべてのクラブに襲い掛かるだろう。「プレーヤートレーディング」は、これに対処して少しでも赤字幅を減らすための重要な手段になり得る。

 どのクラブにとっても、移籍マーケットの主な目的が「チームの戦力強化」にあるのは言うまでもない。しかしこの夏に関しては、そこに「クラブの収支改善」というもうひとつの隠れた目的が、従来よりも強く入り込んでくるだろう。いかにコストをかけずに戦力を強化するか、そしていかに人件費の削減と移籍収支の改善を進めるか。このふたつの目的のバランスを取りながら、クラブの財政とチームの戦力の双方にとってプラスになるようなオペレーションを行なう――。まさにそこが、各クラブの強化責任者の腕の見せどころになるわけだ。
 ■移籍金と年俸の相場は下がり、交換トレードが増加する!?

 ここまで見てきた全体状況を前提として、今夏のメルカートにおけるトレンドを予測すると、いくつかのポイントが浮かび上がってくる。

1:移籍金と年俸の相場が下落

 過去数年、とりわけネイマールが2億ユーロ(約233億3800万円)を超える巨額の移籍金でバルセロナからパリSGに移籍した17年夏に端を発した移籍金相場の高騰は、石油国家を実質的なオーナーに持つパリSGとマンチェスター・シティ、そして放映権料の高騰によって資金力が急拡大したプレミアリーグ勢が、移籍マーケットに多くの資金を投下したことが主な要因だった。しかし、今回のコロナウイルス禍で、その「バブル」も一段落するのは間違いない。すべてのクラブの売上高が減少し、それに伴って補強予算や人件費も絞り込まれる流れになれば、移籍マーケットに投下される資金量そのものが大きく減るのは避けられない。そうなれば、これまでのように売り手側が主導権を握って移籍金を吊り上げる「売り手市場」から、買い手側が値引きを求めて主導権を握る「買い手市場」へとトレンドが一転するだろう。
  FIFAが出資してスイスのヌシャテル大学に設置されている研究機関CIES(国際スポーツ研究センター)は、3月30日に発表した週間レポートで、5大リーグの選手評価額は総額で327億ユーロ(約4兆875億円)から234億ユーロ(約2兆9250億円)へ、約28パーセント減少するだろうという予測を発表した。

 例えば、2〜3年前までは高くても5000万ユーロ(約62億5000万円)が相場だったCBは、フィルジル・ファン・ダイクに8465万ユーロ(約105億8125万円)の値段がついた18年1月を契機に一気に跳ね上がり、昨夏は市場価値5000万ユーロの評価だったハリー・マグワイアが8700万ユーロ(約108億7500万円)でマンチェスター・ユナイテッドに移籍した。それを基準にすれば、例えばマグワイアよりは明らかに「格上」のカリドゥ・クリバリ(ナポリ)には1億ユーロ(約125億円)の値段がついてもおかしくないところだ。しかし、ディ・マルツィオ記者は「クリバリの評価額は8000〜9000万ユーロから5000〜6000万ユーロ程度まで低下するだろう」と予想している。クラブの減収幅が3割程度になれば、それと呼応する形で移籍金の相場も3割程度は下落するだろうという予測だが、これは先述したCIESの予測とも基本的に一致するものだ。
 2:高額年俸選手の放出

 クラブが人件費削減を図る上で最も手っ取り早い手段は、年俸の高い選手を手放すことだ。その観点から見たときに「売りたい選手」の筆頭は、「レギュラークラスではあるが既存戦力で穴埋めが可能な高額年俸の中堅・ベテラン」だろう。この場合、補強はバックアッパーの獲得で物足りるので、獲得の予算を低く抑えることができる。

 具体的な候補名を挙げるとすれば、アルトゥーロ・ビダル、イバン・ラキティッチ(ともにバルセロナ)、ルカ・モドリッチ、イスコ(ともにレアル・マドリー)、エリク・ラメラ(トッテナム・ホットスパー)、アレクサンドル・ラカゼット(アーセナル)、ネマニャ・マティッチ(マンU)、ジェローム・ボアテング、ハビ・マルティネス(ともにバイエルン)、ユリアン・ドラクスラー(パリSG)といったところか。どの選手も、手放したとしても戦力的な「痛み」はそれほど大きくない一方で、人件費削減の効果は小さくない。ただし、先述のように「買い手市場」になるのは避けられないため、移籍金に関して多くを望むのは難しいだろう。

3:移籍金のかからない交換トレードの増加

 補強予算には限りがあるが、それでも戦力を強化したいクラブにとって最も都合がいいのは、キャッシュの支払いが必要ない選手トレードによる補強である。余剰戦力同士を等価交換できればベストながら、そこまで都合のいい形で双方の利害が一致するケースは稀だろう。しかし現在、インテルとバルセロナが進めているラウタロ・マルティネスの移籍交渉のように、移籍金のかなりの部分を交換要員となる選手によって充当し、残りをキャッシュで支払う形を取るなど、双方のクラブにとって利益になるような形でディールをまとめ上げるというケースが、これまで以上に増えることが予想される。例えば昨夏、ユベントスとマンCが行なったジョアン・カンセロとダニーロの交換のように、戦力的な要請というよりも財政的な要請を優先して、お互いが帳簿上の利益を出すために交換トレードを行なうケースも増えるだろう。
 4:コストパフォーマンスのいい無名選手の発掘・獲得促進

 移籍収支を改善したいクラブにとっては、補強コストをいかに抑えるかが重要なテーマになってくる。レギュラークラスの補強が必要なポジションに、戦力としてある程度計算が立つ、例えば実績十分ながら3000万ユーロ(約37億5000万円)の値札がついている選手を獲得するか、それともポテンシャルの高さが評価されているがまだ実績が少ない中堅国(ベルギー、オランダ、ポーランド、チェコ、クロアチアなど)の無名選手を800万ユーロ(約10億円)で獲得するか、という時に、以前ならば手堅く前者を選んでいたようなクラブが、後者で「妥協する」(あるいは「賭けをする」)ケースが増えるだろう。例えるならば、ロベルト・フィルミーノのポジションに同タイプのFWをもう1人探していた今冬のリバプールが、ドリース・メルテンスではなく南野拓実を獲得したような種類のオペレーションだ。こうした補強を成功させるために最も重要なのは、チームの戦力的・戦術的要請にマッチした無名選手を掘り起こしてくるスカウティング能力の高さ。これはメガクラブよりもむしろ、セビージャ、アタランタ、RBライプツィヒ/レッドブル・ザルツブルクといった中堅クラブが得意とするところだが、同じような動きはメガクラブにも広がるはずだ。
 5:中小クラブが主力を バーゲン価格で放出?

 5大リーグでも中位以下のクラブの多くは、元々収支がカツカツの状況で綱渡り的な自転車操業を強いられている。こうしたクラブにとって今回のコロナ禍による収入減は、破産・消滅にもつながりかねない危機をもたらす可能性がある。そうなった時、生き残るために残された手段は、最も高い値段で売れる主力選手を売却して、目先のキャッシュを確保することだ。

 例えば2000年代初頭のセリエAでは、放映権料バブルが弾けて経営危機に陥ったフィオレンティーナがマヌエル・ルイ・コスタ、フランチェスコ・トルド、ラツィオがアレッサンドロ・ネスタ、パベル・ネドベド、パルマがジャンルイジ・ブッフォン、リリアン・テュラムと、欧州カップ戦行きを狙うレベルだったクラブが主力中の主力を売却して目先をしのぐという状況に追い込まれた。今夏はここまで極端ではないにせよ、財政難の中小クラブが思わぬ主力クラスをバーゲン価格で売りに出すようなケースが出てくる可能性もある。
 ■戦争・天災レベルの「不可抗力」。FIFAが発表したガイドラインとは?

 断っておかなければならないのは、これらはすべて、今シーズンが何らかの形で6〜7月までに終了し、数週間のシーズンオフを挟んで20−21シーズンが遅くとも9月にはスタートする、つまりシーズン終了直後から開幕後の一定期間(例えば7月から9月)に移籍ウインドーがオープンするという、通常に近い形で移籍マーケットが行なわれるのを前提としての話だということ。

 今シーズン、そして来シーズンがどのような日程で開催される(されない)ことになるかは、現時点においてはまだまったく見えていない。各国リーグと調整しながら欧州カップ戦(CLとヨーロッパリーグ)の日程を決めるべき立場にあるUEFAのアレクサンデル・チェフェリン会長からして、19−20シーズン終了の期限について、一度は8月3日までと言いながらその翌日には発言を撤回するなど、判断が二転、三転している状況だ。
  現時点で確かなのは、本来のフットボールカレンダーにおいては「年度替わり」の区切りとなる6月30日までに、19−20シーズンの全日程を終えるのは事実上不可能であり、したがって最終的な判断は、シーズンを再開せずに終了するか、あるいは延長して全日程を消化してから終了するかのどちらかしかないということ。FIFA、UEFA、各国連盟/協会はいずれも、再開なしの打ち切りは最後の選択肢であり、20−21シーズンの開始を大幅に遅らせるとしても、まずは19−20シーズンの日程消化を優先する(そうしないとTV放映権料などの収入がなくなるため)という方向性で一致している。

 6月30日までにシーズンの日程が終了しない場合、この日を区切りとして結ばれているクラブと選手との契約はどうなるのかという問題が生じてくる。これについてFIFAは4月7日、コロナウイルスによってプロサッカークラブの活動が全世界的に中断されている現状は、戦争や天災と同じ最大レベルの「不可抗力」であると認めた上で、この事態への対応について以下のようなガイドラインを発表した。

@6月30日で満了する契約(レンタルも含む)については、19−20シーズンが終了するまでの間、効力を持ち続けるものとする。
Aすでにサインされている7月1日からの契約については、20−21シーズンが開始した時点から効力が発生するものとする。
B移籍ウインドーについては、19−20シーズン終了後から20−21シーズン開幕までの期間に合うよう日程を再調整すると同時に、最大12週間までとして、公正な競争環境を確保できるよう配慮する。

 このガイドラインに従うならば、移籍マーケットはその日程こそ2つのシーズンのカレンダーに従う形で変更になるものの、実質的には旧シーズン閉幕から新シーズン開幕まで、最長でも12週間という通常通りの形で行なわれるはずだ。したがって、一部報道であったような、新シーズン開幕後2か月間は移籍ウインドーをオープンにするといった、特殊な解決策が採られることはないだろう。

文●片野道郎

※『ワールドサッカーダイジェスト』2020年5月7日号より転載
 

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