イタリア代表の“名勝負“5選――溜め息が世界を包んだR・バッジョのPK失敗、「20世紀最高」と呼び声高い西ドイツ戦もエントリー

イタリア代表の“名勝負“5選――溜め息が世界を包んだR・バッジョのPK失敗、「20世紀最高」と呼び声高い西ドイツ戦もエントリー

R・バッジョ(左)とバレージ(右)がPKを外したアメリカW杯決勝の敗戦は、ファンに強烈なインパクトを残した。(C)Getty Images

伝統の堅守と独創性に溢れた“10番“のアイデアを武器に数々のタイトルを獲得してきたイタリア代表は、その長い歴史の中で数々の「名勝負」を生み出してきた。そのなかから「5つ」をピックアップするとしたら、どの試合になるのか。欧州サッカーに精通する識者に、とりわけ強烈なインパクトを残した5試合を選んでもらった。

    ◆    ◆    ◆

1970年6月17日 W杯メキシコ大会準決勝
vs西ドイツ 〇4延長3
得点者/イタリア=ボニンセーニャ、ブルニッチ、リーバ、リベーラ
    西ドイツ=ミュラーA、シュネリンガー

「20世紀最高」との呼び声も高い歴史的な名試合。イタリアが序盤にロベルト・ボニンセーニャのゴール挙げた1点を「カテナッチョ」で死守し、時計が90分を回りこのまま逃げ切るかと思われたその時、西ドイツが同点ゴールをねじ込んで延長戦に突入する。

 ここから試合は一転して乱戦模様となった。開始まもなく、西ドイツの「爆撃機」ゲルト・ミュラーが勝ち越しゴールを決めたかと思えば、イタリアが2点を奪って再逆転し、延長前半が終了。しかし後半に入ってすぐ、CKのこぼれ球にミュラーが反応してゴールネットを揺らして3−3の同点に追いつく。

 ところが、その直後のキックオフから一気に攻め込んだイタリアは、左サイドを突破したボニンセーニャが折り返したマイナスのクロスに、後方から走り込んだジャンニ・リベーラが合わせて劇的な4−3。イタリアきっての技巧派ながら線が細く運動量も少ないため批判を浴びることも少なくなかった「元祖ファンタジスタ」リベーラは、大会を通して途中出場のみの起用が続いてきたが、このゴールで主役として歴史に名を残すことになる。

 この名勝負で精根尽き果てたアッズーリは、4日後の決勝でペレのブラジルに1−4の完敗を喫し、帰国した空港ではファンの怒号に迎えられた。しかしこの試合は「時代の記憶」として長く語り継がれ、イタリアではこれを題材にした映画や小説がいくつも作られたほどだ。
 1982年7月5日 W杯スペイン大会2次リーグ
vsブラジル 〇3−2
得点者/イタリア=ロッシB
    ブラジル=ソクラテス、ファルカン

 1970年代から90年代にかけて世界指折りの強国であり続けたイタリアにとって、西ドイツと並んでワールドカップにおける因縁のライバルと言うべき関係にあったのがブラジルだった。

 この82年大会2次リーグでの対決は、両国のサッカー史はもちろんワールドカップの歴史に残るセンセーショナルな一戦。ジーコ、ソクラテス、ファルカオ、セレーゾという「黄金のカルテット」を擁して史上最強の呼び声も高く、1次リーグ3試合をすべて楽勝して2次リーグに乗り込んできた優勝候補ブラジルに対し、3試合いずれも不甲斐ない引き分けで何とか勝ち上がってきたイタリアは、下馬評でも圧倒的に不利と見られていた。

 ところが、開始早々にパオロ・ロッシが先制ゴールを挙げると、ブラジルが同点に追いつくたびにロッシのゴールで突き放して残り15分の時点で3−2、終了直前には40歳のGKディノ・ゾフがスーパーセーブを見せて奇跡的な勝利をもぎ取った。この試合のハットトリックで火がついたロッシはこの後も準決勝、決勝でゴールを決め、イタリア優勝のシンボルとして世界中にその名を知られることになった。
 1994年7月17日 W杯アメリカ大会決勝
vsブラジル ●0延長0(2PK3)
得点者/なし

 1982年の勝利が70年大会決勝のリベンジだったとすれば、さらに12年を経たこの94年の決勝がブラジルの逆リベンジとも言うべき結末となった。

 82年同様にグループステージで苦戦した上、ラウンド・オブ16でもナイジェリアにあと一歩まで追い詰められながらロベルト・バッジョの奇跡的なゴールで勝ち上がるなど、困難な道程を歩んだイタリアに対し、ブラジルは順当勝ちを重ねての決勝進出。

 キックオフ時間を欧州のゴールデンタイムに合わせて現地時間正午としたおかげで気温40度、湿度100%近い炎天下での戦いとなった試合は、両チームとも精彩を欠いて何度か作り出した決定機を決め切れず、0−0のまま120分を戦ってPK戦に突入する。4人目まで終わったところで2−3と劣勢に立った先攻イタリアは、5人目のR・バッジョが枠を大きく外し、12年ぶりの優勝に手が届かないまま終わった。

 イタリアは自国開催の90年大会、この94年大会に続いて、98年大会でも準々決勝で開催国フランスの前に3大会連続となるPK負けを喫することになる。
 2000年6月29日 EURO2000準決勝
vsオランダ 〇0延長0(3PK1)
得点者/なし

 R・バッジョの時代が終わり、フランチェスコ・トッティ、アレッサンドロ・デル・ピエロ、フィリッポ・インザーギ、クリスティアン・ヴィエリという70年代生まれの黄金世代を中心とする編成となったアッズーリが、優勝候補の一角を占めたこのEURO2000。珍しく危なげのない勝利を重ねて到達した開催国オランダとの準決勝はしかし、あらゆる波乱が詰め込まれた「アッズーリらしさ」満載の展開となった。

 オランダの猛攻の前に序盤から完全に守勢に回り、対面のボウデヴィン・ゼンデンに文字通り「チンチンにされた」ジャンルカ・ザンブロッタが最初の30分でイエロー2枚をもらって退場し、絶体絶命の状況に。ところが一方的な攻勢に立ったオランダは38分にフランク・デ・ブール、58分にパトリック・クライファートがPKを失敗、その後も決定機を外し続けて結局0−0のままPK戦へと突入する。

 イタリアはトッティが伝説的な「クッキアイオ」(チップキック)を決めたかと思えば、GKフランチェスコ・トルドがオランダの4本中2本を止める大当たりで、90年代のワールドカップで3大会続いたPK負けの悪しき伝統にようやく終止符を打った。

 ただ、続くフランスとの決勝では1−0で迎えた後半アディショナルタイムに同点ゴールを許し、延長戦でゴールデンゴール負けという屈辱を味わうことになるのだが……。

2006年7月9日 W杯ドイツ大会決勝
vsフランス 〇1延長1(5PK3)
得点者/イタリア=マテラッツィ
    フランス=ジダン

 前線のトッティ、デル・ピエロから中盤にアンドレア・ピルロ、ジェンナーロ・ガットゥーゾ、守備陣にはファビオ・カンナバーロ、アレッサンドロ・ネスタ、ジャンルルイジ・ブッフォンというワールドクラスを揃えながら、日韓2002、EURO2004で不甲斐ない早期敗退を喫してきた黄金世代のアッズーリが、遂に世界の頂点に立ったのが06年ドイツ大会だ。

 フース・ヒディンク率いるオーストラリアにラウンド・オブ16で苦戦させられたものの、準決勝では開催国ドイツを延長戦で下して12年ぶり(70年以来12年ごと4度目)の決勝進出を果たした。立ち上がりにPKを与えてジダンにループを決められたものの、19分にはCKからマルコ・マテラッツィが驚異的なジャンプ力でヘディングシュートをねじ込み1−1。

 最も意外なドラマが待っていたのは、そのまま膠着した試合が延長戦に入り後半を迎えた110分のことだった。マテラッツィの挑発に脊髄反射したジネディーヌ・ジダンが強烈な頭突きをかまして一発退場。この試合で引退が決まっていた偉大なプレーヤーにとっては後味の悪過ぎるキャリアの結末となった。

 そのまま突入したPK戦では、フランスの3人目トレゼゲのシュートがバーを叩いたのに対し、イタリアは5人全員が決めて82年以来24年ぶり4度目のワールドカップ制覇を成し遂げた。大会を通して圧倒的なパフォーマンスで敵の攻撃をはね返し続けた主将カンナバーロはこの年、純粋なDFとしては史上初(現在まで唯一)のバロンドールを獲得することになる。

文●片野道郎

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