フランス代表の“名勝負“5選――二人の“将軍“が紡いだ歴史。そしてエムバペ時代の到来へ

フランス代表の“名勝負“5選――二人の“将軍“が紡いだ歴史。そしてエムバペ時代の到来へ

EURO1984ではプラティニ(中央)が大車輪の活躍を見せ、フランスを悲願のビッグトーナメント初優勝に導いた。(C)Getty Images

ミシェル・プラティニ、ジネディーヌ・ジダンといった稀代のタレントがチームを牽引してきたフランス代表は、その長い歴史の中で数々の「名勝負」を生み出してきた。そのなかから「5つ」をピックアップするとしたら、どの試合になるのか。欧州サッカーに精通する識者に、とりわけ強烈なインパクトを残した5試合を選んでもらった。

    ◆    ◆    ◆

1982年7月8日 スペインW杯準決勝
vs西ドイツ ●3延長3(4PK5)
得点者/フランス=プラティニ、トレゾール、ジレス 
    西ドイツ=リトバルスキ、ルムメニゲ、フィッシャー

 今なお語り継がれる、ワールドカップ史上に残る死闘だ。

 両軍が前半に1点ずつ奪い、1−1のまま突入した延長戦。早々の92分にマリユス・トレゾールのボレーが決まり、フランスはこの試合初めてリードを奪う。さらにその6分後には、アラン・ジレスがペナルティーエリア手前から強烈な右足シュートを見舞い、これで3−1。しかし、ここから西ドイツの反撃が始まる。

 ゲルマン魂を呼び覚ます追撃弾を決めたのは、カール=ハインツ・ルムメニゲ。怪我でスタメンから外れていたエースが、出場して5分後にゴール前の混戦から押し込んだ。これで1点差に詰め寄った西ドイツは、さらに108分、クラウス・フィッシャーのオーバーヘッドで同点に追いつくのだ。

 PK戦でも両軍とも譲らない。両GKの好セーブで1人ずつ失敗し、サドンデスに突入する。勝負が決したのは6人目。先攻フランスのマクシム・ボシスが失敗したのに対し、後攻の西ドイツはホルスト・ルベッシュが冷静にネットを揺らす。両チームがすべてを出し切った激闘は、こうして西ドイツの勝利で幕を閉じた。

 この試合で物議を醸したのが、西ドイツのGKハラルト・シューマッハーの60分のプレーだ。プラティニのスルーパスに抜け出し、シュートを放ったパトリック・バティストンに、ゴールマウスから飛び出してきたシューマッハーが強烈なヒップアタックを見舞ったのだ。その衝撃でバティストンは失神。歯が2本折れ、肋骨3本にひびが入る重傷を負ったバティストンは、投入からわずか10分後に意識を失ったまま担架で運び出された。

 プレー完了後の危険なプレーにもかかわらず、レフェリーはシューマッハーにイエローカードすら出さず、フランスには与えられるべきPKが与えられなかった。「たら・れば」になるが、もしここでPKが与えられていたら、フランスが史上初めてワールドカップ決勝に勝ち進んでいたかもしれない。
 1984年6月24日 EURO準決勝
vsポルトガル ○3延長2
得点者/フランス=ドメルグA、プラティニ 
    ポルトガル=ルイ・ジョルダンA

 当時、絶頂にあったミシェル・プラティニの大車輪の活躍により、フランスが悲願のビッグトーナメント初優勝を果たしたEURO1984。フランスにとって最大の試練となったのが準決勝のポルトガル戦だ。

 戦前の予想では、ホストカントリーでもあるフランスが圧倒的に優位。フランスで最も熱いマルセイユのファンの大声援を背に受けた優勝候補が、64年ワールドカップ以来の主要大会出場(EUROは初出場)となる伏兵に、よもや負けるとは考えにくかった。だが大方の予想に反し、フランスは大苦戦を強いられる。

 フランスの前に立ちはだかったのが、GKマヌエル・ベント。ジャン=フランソワ・ドメルグのFKで24分に先制したものの、この小柄なGKの再三の好セーブにより追加点を奪えない。そして74分、守備の連係ミスからルイ・ジョルダンに同点ゴールを奪われてしまうのだ。さらに延長前半に再びジョルダンにゴールを許し、一転して追い詰められてしまう。

 それでも勝利をつかむことができたのは、チームとしての底力に加え、熱狂的なファンの後押しがあったからだろう。114分にドメルグ、そして終了間際の119分にプラティニが自身の大会9つ目のゴールを決めて逆転。執念で勝利を手繰り寄せ、ファイナルに駒を進めた。
 1998年7月8日 フランスW杯準決勝
vsクロアチア ○2−1 
得点者/フランス=テュラムA 
    クロアチア=シュケル

 初めて世界王者に輝いた自国開催の1998年ワールドカップ。4度目の挑戦にしてついに準決勝の壁を打ち破ったというだけでなく、チームを勢いづかせ、懐疑的に見ていた自国民を“その気”にさせたという点でも、クロアチア戦の逆転勝利がこの大会で最も重要な勝利だったと言えるだろう。

 フランスはジダンを中心に試合序盤から主導権を握りながら、タイトな守備に手を焼きゴールを奪えない。すると後半開始直後に、この大会好調のダボル・シュケルに先制ゴールを決められてしまう。フランスの攻撃をしのぎ、数少ないチャンスを確実にモノにする――。クロアチアにとっては、まさに思い描いた展開だっただろう。91年にユーゴスラビアから分離独立した新興国とはいえ、シュケル、ズボニミール・ボバンら名手を擁するクロアチアはしたたかだった。

 だが、そのわずか1分後。右SBのリリアン・テュラムがフランスに歓喜をもたらす。高い位置で激しくプレッシャーをかけて相手のパスミスを誘発すると、そのままエリア内に走り込んでパスをもらい、右足インサイドでゴールに押し込んだのだ。これで勢いづいたフランスはクロアチアを攻め立て、70分に再びテュラムが値千金の一撃。最後まで勝負を諦めないクロアチアを振り切り、2−1で勝利を収めた。

 殊勲のテュラムは引退までにフランス代表歴代最多となる142キャップを刻んだが、代表キャリアを通じて奪ったゴールはこのクロアチア戦の2つだけ。まさに神懸った活躍で、母国を悲願のワールドカップ決勝に導いた。

2000年7月2日 EURO決勝
vsイタリア ○2延長1
得点者/フランス=ヴィルトール、トレゼゲ
    イタリア=デルベッキオ

 崖っぷちから土壇場のゴールで延長戦に持ち込み、ゴールデンゴールによる劇的な逆転勝利。まさにドラマチックな展開で、世界王者フランスがビッグトーナメント連覇という偉業を成し遂げた。

 試合序盤から頼みのジダンを抑え込まれたフランスは、ファビオ・カンナバーロ、アレッサンドロ・ネスタ、マルク・ユリアーノの鉄壁の3バックと、絶好調のGKフランチェスコ・トルドの牙城を崩せない。55分に先制点を許すと、シルバン・ヴィルトール、ダビド・トレゼゲ、ロベール・ピレスと攻撃のカードを次々と切るも、ゴールは遠く、0−1のまま90分が経過。もはやイタリアの勝利は確実なものと思われた。

 ヴィルトールの起死回生のゴールが決まったのは、タイムアップ目前の90+4分。意気上がるフランスは、延長戦に入ると攻勢を強め、精神的ショックに加え体力の消耗が激しいイタリアを押し込む。そして103分、左サイドを突破したピレスのセンタリングをトレゼゲが左足ボレーで合わせ、ゴールデンゴール。フランスがミラクルな逆転劇で二度目のEURO優勝を勝ち取った。
 2018年6月30日 ロシアW杯ラウンド・オブ16
vsアルゼンチン ○4−3 
得点者/フランス=エムバペA、グリエーズマン、パバール 
    アルゼンチン=ディ・マリア、メルカド、アグエロ

 欧州と南米を代表する2つのサッカー大国が真っ向からやり合い、両軍合わせて7得点という壮絶な撃ち合いを繰り広げただけではない。大会のハイライトと言えるスペクタクルなゴールがいくつも生まれたという点でも、記憶に深く刻まれる一戦だ。

 13分にアントワーヌ・グリエーズマンのPKで先制したフランスだが、41分、アンヘル・ディ・マリアに目の覚めるようなミドルシュートを決められると、後半開始早々にもガブリエル・メルカドに得点を許し、逆転されてしまう。

 だが57分、伏兵バンジャマン・パバールのファンタスティックな一撃がフランスに勢いをもたらす。左サイドからのマイナスのクロスをファーサイドで完璧に右足で捉え、バックスピンのかかった強烈なシュートをゴール左隅に突き刺したのだ。さらにここからは、まさにキリアン・エムバペ・ショー。64分、桁違いの初速とキレでゴール前の混戦を抜け出したエムバペが左足で逆転ゴールを決めると、その4分後、流れるようなカウンターアタックから最後は右サイドから猛然と走り込んだエムバペが流し入れ、4−2。試合を決めた。

 両チームの「10番」の出来が勝敗を分けたとも言える。圧巻の2ゴールで世界に衝撃を与えたエムバペに対し、アルゼンチンのリオネル・メッシは2ゴールに絡んだもののインパクトに乏しかった。エムバペ時代の到来を予感させる、エポックメイキング的な一戦であったとも言えるだろう。

文●大類聡

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