カペッロ流は「勝って何が悪い」のサッカー。娯楽性と結果、どっちが大事?

サッカー名将列伝
第11回 ファビオ・カペッロ

革新的な戦術や魅力的なサッカー、無類の勝負強さで、見る者を熱くさせてきた、サッカー界の名将の仕事を紹介する。今回は、厳格な規律でチームを率い、指揮するチームをことごとく優勝させてきた、「優勝請負人」のイタリア人、ファビオ・カペッロ監督だ。その真面目でプロフェッショナルなスタイルは現在も多くの監督に踏襲されているが、「娯楽性の欠如」という批判が常につきまとった。

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<優勝請負人>

 ファビオ・カペッロはアリゴ・サッキより先にミランの監督になるはずだった。というか、実際に監督になったのはカペッロのほうが先だ。


2002年、ローマで指揮していた時のファビオ・カペッロ監督

 ニルス・リードホルム監督の下でアシスタントコーチを務めていた1986−87シーズン、リードホルムの退任後に7 試合だけ暫定監督として指揮を執っている。リードホルムはミランにゾーンディフェンスを導入した監督であり、サッキが最初というわけでもない。

 カペッロはそのまま新シーズンでも指揮を執るものと思われていたが、シルビオ・ベルルスコーニ会長はパルマからアリゴ・サッキ監督を引き抜いてきた。サッキの下、ゾーナル・プレッシング戦法と共にミランの黄金時代の幕が開くのだが、カペッロはその間フロント業務をこなしていた。

 91年にサッキがイタリア代表監督になると、ようやくカペッロの出番が回ってくる。そこからはサッキを上回る戦績を残して「グランデ・ミラン」と言われた時代を築き上げた。

 4−4−2システム、コンパクト、プレッシングという基盤は前任者のサッキから受け継いだカペッロだが、プレースタイルは少し変化している。サッキ時代ほど高いディフェンスラインではなく、プレッシングの強度は落ちたが、その代わりに安定感を手にしていた。

 カペッロはミランのあとに率いたレアル・マドリード、ローマ、ユベントスでも一貫したスタイルで優勝しているので、サッキ流のアレンジというより、これがカペッロ流なのだろう。

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