バルサ不在のカンプノウで起きたドラマ。レアルの優勝、見たかった

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カンプノウ(バルセロナ)

 欧州で初めてサッカーの試合を観戦したスタジアムがカンプノウだった。1982年スペインW杯開幕戦、アルゼンチン対ベルギー。バックスタンド最上部を、山の稜線のように見上げた記憶は鮮明だ。

 カンプノウが、クラブサッカーの欧州一を懸けた戦いの舞台になったことは過去2度ある。1988−89シーズンのチャンピオンズカップ決勝(ミラン4−0ステアウア・ブカレスト)と、1998−99シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)決勝(マンチェスター・ユナイテッド2−1バイエルン)だ。

 ミラン監督アリゴ・サッキがプレッシングという戦術を初めて掲げて戦い、ミランが欧州一に輝いた今から31年前の一戦と、試合終了間際にまさかの逆転劇が起きた21年前の一戦である。


現在、改修工事が進められているバルセロナの本拠地カンプノウ

 いずれも、サッカー史を語るうえで外せない決勝である。筆者が立ち会ったのは後者の現場だ。試合は後半45分まで、バイエルンがマンUを1−0でリードしていた。スコアこそ1−0だったが、バイエルンが70対30以上の割合で試合を優勢に進めており、事件が起きにくそうな展開だった。

 89分、時間稼ぎを兼ねた交代でハサン・サリハミジッチと入れ替わり、ベンチに下がったマリオ・バスラーが、茶色い瓶の栓を抜き、終了の笛を待ちわびながらビールらしき液体をラッパ飲みする様子は、記者席からもしっかり確認できたほどだった。

 そこからマンUが2ゴールを奪うとは。マンUサポーターでさえ想像していなかったであろう、まさに神がかり的な逆転勝利だった。

 この決勝戦。オープニングセレモニーのハイライトは、フレディー・マーキュリーとモンセラート・カバリエがデュエットする、1992年バルセロナ五輪のテーマ曲『バルセロナ』が流れた瞬間だった。

『バルセロナ』は1991年に亡くなったフレディーが、1988年に発表したオリジナルアルバムで、代表作『ボヘミアン・ラプソディ』を彷彿とさせるロックオペラである。

 バルセロナ出身の高名な女性オペラ歌手、モンセラート・カバリエさんは、その時、カンプノウの舞台にいた。そしてこの五輪のテーマ曲を彼女は、大型ディスプレイに映し出された生前のフレディーと、シンクロするような仕掛けで熱唱したのである。

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