元逆鉾、井筒親方の死去にネットも涙 「早すぎる」「もろ差しにいつもわくわくしていました」

元逆鉾、井筒親方の死去にネットも涙 「早すぎる」「もろ差しにいつもわくわくしていました」

大相撲初場所 横綱・隆の里を敗りガッツポーズの逆鉾

 大相撲の元関脇逆鉾として活躍した井筒親方(本名、福薗好昭)が16日、死去した。58歳という若さだった。最近は膵臓を患っており、8月から都内の病院に入院していたという。日本相撲協会の巡業部副部長などを務めていたが、秋場所は初日から休場していた。突然の訃報にネットで多くの相撲ファンが悲しみに暮れた。

 もろ差しの名人として知られた井筒親方。鹿児島県出身で、弟の元関脇寺尾、兄の元十両鶴嶺山とともに“井筒3兄弟”と呼ばれ、相撲ファンに親しまれた。

ネットには「えっ…嘘だろ…」「大好きだった力士 悲しいです」「あまりにも早すぎショックが隠せません」など、驚きの声が多数。地元からのファンからは「鹿児島とは縁の深い力士。子供の頃は逆鉾と弟の寺尾のファンだった。小柄だが業師だったなぁ。ご冥福をお祈りいたします」という声が寄せられた。

 1978年初場所初土俵。父の先代井筒親方(元関脇鶴ケ嶺)譲りのもろ差しからの速攻で活躍し、幕内優勝こそなかったが、87年九州場所から89年春場所まで9場所連続で関脇を務めた。三賞は殊勲賞5度、技能賞4度受賞した。

 ネットでは現役時代を思い出すユーザーも多く、「自分がよく観ていた頃 活躍されていた逆鉾さん 好きなお相撲さんでした まだお若いのに…」「元関脇逆鉾の井筒親方が活躍してた頃は私が一番相撲をテレビで観てた時代。大関にはならなかったけど、存在感のあるお相撲さんだったなぁ。。」などの書き込みが見受けられた。

 数々の名勝負を懐かしむ投稿も多数あった。ツイッターには「大きくない体ながら、もろ差しになれば小錦だろうが、決して負けない型を持った力士。相撲好きな小柄な小学生だった僕にはお手本でした」「逆鉾の相撲といえば もろ差しのうまさと速さかな 立ち合いから、さっとにほんさし、速攻で 千代の富士が強かった時代に三役で活躍していたなぁ」などの声。

 引退後、親方として横綱鶴竜らを育てたことを挙げ、「関脇逆鉾のもろ差しに、いつもわくわくしていました。どこか師匠に似ている気がする横綱鶴竜の相撲も好きです。おケガ、なおりますように。がんばれ井筒部屋」というツイートも見られた。

関連記事(外部サイト)