【レジェンドの素顔5】ベッカーに逆転負けしたマッケンローが、再び歩み出した最強への道|後編<SMASH>

【レジェンドの素顔5】ベッカーに逆転負けしたマッケンローが、再び歩み出した最強への道|後編<SMASH>

マッケンローは復帰戦のボルボ・インターナショナルの準決勝でベッカーに敗北した。写真:THE DIGEST写真部

大一番におけるスーパースターたちの大胆さや小心を、過去の連載記事を通してのぞいていくシリーズ「レジェンドの素顔」。今回は、80年代前半のスーパーヒーローだったマッケンローの後編だ。

 1986年に7か月にわたる長期の休養をとり、マッケンローは心身ともにリフレッシュ。6週間もラケットにさわらなかった時期もあったが、ヨガやウェートトレーニングにも積極的に取り組み、やるべきことはすべてやったようだ。自信を取り戻し、復帰戦として選んだのは、アメリカ・バーモント州で行なわれるボルボ・インターナショナルだった。

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 公式戦復帰第一戦を迎えたマッケンローは、結果的にベッカーに準決勝で敗れた。第1セットを6ー3で取りながら第2セットを5ー7で落とし、ファイナルセットもタイブレークの末、ベッカーに突き離された。

 この最後のタイブレークには、マッケンローのその後を占う意味で、キーポイントになりそうなシーンがいくつかあった。
  タイブレークというのは短期決戦だけに、1ポイント1ポイントがとても重みを増す。集中力の見せどころであるわけだ。ここでマッケンローのサービスはしばしばベッカーの逆をついてポイントをかせいだ。

 特に、マッケンローが4ー2とリードしたあとの7ポイント目が見事だった。このときのマッケンローのサービスはさほど速くはなかった。しかし、フォア側を予測していたべッカーの逆をついて、バック側に鋭く切れてきた。あわててラケットを出すベッカー。しかし、ボールはサイドを大きくアウトしていた。それも、ベッカーほどのトッププレーヤーには珍しいとんでもないアウトだった。いかにベッカーが逆をつかれて、うろたえていたかがわかる。

 もう一本。今度はマッケンローが5ー3とリードしたあとの9ポイント目だ。ベッカーのサービス。ファーストはセンターを大きくはずれてセカンドだ。ベッカーの打ったサービスは、サービスライン深くに入った。セカンドとしては申し分ないサービスだ。これをマッケンローはジャンプしながらバックハンドでリターンすると、そのままネットにダッシュしてきた。呆気に取られるベッカー。かろうじてパスを放ったがボールが浮いてしまって、マッケンローのフォアボレーの餌食になった。

 強引なリターン・ダッシュに出て、相手にプレッシャーをかける。かつてマッケンローがレンドルをとことん苦しめていたときの必殺戦法だ。これが出るとマッケンローは強い。タイブレークはマッケンローが6ー3とリードした。3本連続のマッチポイントだ。しかもマッケンローのサービスだ。よほど慎重な者でも、マッケンローの勝利を確信するだろう。

 ところが、マッケンローはここで、しなくてもいいドンデン返しを自ら演出してしまう。どこまでもハラハラさせる男なのである。
 最強への道を再び歩き始めた

 最初のマッチポイントでダブルフォールトを犯してしまう。しかし、これにはマッケンローにも気の毒な面があった。というのは、ファーストサービスがクロスをわずかにアウトしたが、サービスエースと勘違いした観客たちが一瞬歓声をあげた。そこでベッカーが左手を振って"まだまだ"とジェスチャーしたので、今度は会場全体がどよめいた。これで間があいた。この一瞬のズレでマッケンローはペースを狂わせてしまったのだ。

 それは仕方がない。問題はそのあとのボレーミスだ。サービス・ダッシュしたマッケンローは、腰の高さのバックボレーをボール一個分だけアウトさせてしまった。これはいただけなかった。なぜならば、腰の高さのイージーなバックボレーはかつてマッケンローが百発百中にしていたショットだからだ。
  サービスはベッカーに移った。しかし、まだ6ー5とマッケンローがマッチポイントを
握っている。アドバンテージ・サイドからのサービス。しかも、絶対にエースを取りたい場面だ。こんなとき、ベッカーはほとんどセンターを狙ってくる。案の定、ボールはセンターに鋭く来た。しかし、マッケンローは当てることもできずにエースにしてしまった。ここらも勘が悪い。ベッカーの動きを見れば当然センターに来ることは予測できたはず。もう少し対処の方法があったのではないか。

 こうしてみると、6ー3とマッチポイントを取るまでのマッケンローは、ナンバーワン復活を期待できるほどすばらしかったが、その後はツキにも見放されてもろさをさらけ出す結果になってしまった。

 このタイブレークは6オールからもつれたが、結局はベッカーがポイント10ー8と取った。ただ、負けたとはいえ、ウインブルドンを連覇して好調のベッカーをここまで苦しめたのだから、復帰第一戦としては上々のできだった。
  しかし、課題も残った。一つはボレーだ。ボレーは全盛時の切れがなく、しかも凡ミスが多かった。もう一つは、もっと積極的にネットにつめることだ。出られるチャンスを躊躇する場面が何度もあった。これではいけない。もっとネットにつめて相手にプレッシャーをかけることが必要だ。

 マッケンローはその後、カナディアン・オープンでは3回戦負けを喫し、注目のUSオープンでは1回戦でアナコーンに敗退した。一部マスコミでは、"マッケンロー大ピンチ"の大見出しが登場していたが、それではマッケンローにあまり酷というものだ。大ピンチでもなんでもなく、それはある程度は予測されたことだ。

 何しろ、7か月もの長い間休養していた男が、いかに素質に恵まれていたとはいえ、復帰していきなり大きな大会で勝てるわけがない。全米1回戦負けは確かにふがいなかったが、マッケンローにはもう少し時間がいる。そのことはマッケンローの言葉が素直に表わしている。

「目先のことにはまったくこだわっていないんだ。大切なのは、これからの2年間だ。そのためにオレはあれだけ長い休養を取ったんだからな。もっと極端にいえば、80年代後半に備えるための休養だったのさ」
  生き馬の目を抜くがごとき激しい現在のテニス界で、後のことを考え、思い切って休養を取ったマッケンローの勇気をほめ讃えたい。それが実を結ぶにはもう少し時間がかかる。9月にはボルボ・ロサンゼルス、トランスアメリカ・オープンを連覇して、復活の兆しを見せているが、完全復活するには今年いっぱいかかるだろう。

 そして、勝負をかけるのは来年だ。来年こそ、きっと、ナンバーワンに返り咲くと信じる。“半世紀に一人のプレーヤー”とまで評された天才が“大いなる自信”を取り戻したのだから、必ずやってくれるはずだ。

 いずれにしても、“史上最強への道”を再び歩み始めたマッケンローによって、テニス界がもっとエキサイティングになることだけは確かなようだ。

文●立原修造
※スマッシュ1986年12月号から抜粋・再編集

【PHOTO】マッケンローetc…伝説の王者たちの希少な分解写真/Vol.1
 

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