【レジェンドの素顔6】クリス・エバートをチャンピオンへと導いた2つの幸運|前編<SMASH>

【レジェンドの素顔6】クリス・エバートをチャンピオンへと導いた2つの幸運|前編<SMASH>

1986年フレンチオープン決勝戦でクリス・エバートはマルチナ・ナブラチロワを破った。写真:THE DIGEST写真部

大一番におけるスーパースターたちの大胆さや小心をのぞいていくシリーズ「レジェンドの素顔」。今回は元祖美少女テニス選手のクリス・エバートを取り上げよう。

 1986年もフレンチ・オープンを制して、13年連続してグランドスラム大会に優勝したクリス・エバート。10年以上にわたって世界のトップに位置したことは驚異ですらある。彼女の強さの秘密は一体どこにあるのだろうか。そこには生まれ育った環境が大きく左右しているのではないだろうか。エバート家の歴史をたどりながら、クリスの少女時代を追ってみよう。

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彼女は二つの幸運に恵まれた

 “人間の一生を支配するものは運であって、知恵ではない“と言ったのはキケロだったが、先人の言ったように、クリス・エバートのテニス人生も、まさに幸運によって、導かれてきたといえるだろう。少なくとも、彼女は二つの幸運に恵まれた。

 一つは、温暖な気候のフロリダに生まれたことだ。一年を通して、テニスができる恵まれた土地が、練習好きなクリスにとても幸いした。
  ところで、アメリカの女子テニス界には奇妙なジンクスがあった。カリフォルニア出身でないとチャンピオンになれないというのだ。そういえば、1970年以前、アメリカが生んだ世界的な女子プレーヤーは例外なくカリフォルニアの出身で占められていた。

 ウインブルドンを8度も制したヘレン・ウイルズ、女子で最初のグランドスラマーとなったモーリン・コノリー、全米で4連覇したヘレン・ジェイコブス、そしてビリー・ジーン・キング。彼女たちはすべて、カリフォルニアの太陽の下で、一年中プレーに打ちこめたことが飛躍のきっかけとなった。

 そのジンクスを初めて破ったのがクリスである。クリスとて、カリフォルニアと同じように気候がテニス向きのフロリダで生まれたことが大成につながった。そのため、クリスは少女時代、気候のことなど心配したことがなかった。冬になると避寒のために全米各地から大勢の人が訪れるくらいだから当たり前である。
  後にジョン・ロイドと結婚したとき、ジョンの少年時代の環境を聞いて、びっくりしたことがある。イギリスではどこでも、冬の間にプレーすることは不可能だったのだ。

「ぼくがもし、フロリダに生まれていたら、トップ10に入るくらいのプレーヤーになっていたと思うよ」。ジョンがにが笑いを浮かべながらそう言ったとき、クリスは自分がどんなに幸運な土地で育ったかを知った。

 さて、クリスをチャンピオンに押し上げたもう一つの幸運についてだが、それには父親のジミーに登場してもらわなければならない。ジミーは地元でティーチング・プロをしていたのだが、彼ほど影響力の強いコーチを身内に持てたことがクリスには幸いした。素質を一気に開花させる原動力になったのである。ジミーがいればこそ――。

 といっても、クリスの少女時代、父親のジミーがつきっきりでコーチをしてくれたというわけではない。事実、クリスは、「技術的にパパから教わったことはない」と明言している。
  むしろ、ジミーは、クリスの両手打ちバックハンドに対して、最初は反対だった。小さい頃のクリスは、小柄でとても非力な少女だったため、バックハンドは両手で打っていた。ジミーは、それまで両手打ちバックハンドで大成したプレーヤーがいないという理由で、なんとかクリスの両手打ちをやめさせようとした。しかし、クリスがバックハンドを片手で打つと、ボールはまったくネットを越えていかなかった。

 ジミーは仕方なくクリスの両手打ちを認めることにした。顔は怒りでまっ赤だった。将来、クリスの最大の武器となる両手打ちバックハンドは、あやうく父親のジミーによって、やめさせられるところだったのである。素直に従っていたら、どうなっていたことか―――。

 それでも、なお、クリスのテニスはジミーによって築き上げられたといっても過言ではない。何を根拠にそう言い切れるのか。それはテニスが非常にメンタルなスポーツであることと無縁ではない。
 クリスのテニスの本質―――

 クリスがデビューして連戦連勝を続けていたとき、人々は彼女を“氷のようなクリス“と評していた。どんなピンチになっても、表情一つ変えないことが、氷のもつ冷たさにたとえられたのである。

 クリスのテニスの本質――。それは、一言で言って、“辛抱強さ”ということではないだろうか。

 サービスはそれほど速くないし、ネットプレーも巧みとはいえない。ストロークにしても特別スゴイというわけでもない。しかし、彼女は、どんな局面になっても、ストロークで深いクロスを打つことができる。これはまさに彼女のツボである。

 深いクロスのストロークを打てるプレーヤーは何人もいる。しかし、どんな局面でも、となると話は別だ。相手がネットに押し寄せてきて大ピンチのとき、それでも冷静にクロスにパスが打てるプレーヤーは稀である。 “辛抱強さ”を常に持っていられるからこそ、どんな局面でも慌てないのだ。
  こうした精神力は、いくらボールを打ち込んだからといって備わってくるものではない。まず、生活環境の中で“辛抱強い”性格を身につけることが先決だ。これはむずかしい。時代そのものが、子どもを甘やかす風潮になってきていたときである。

 次に、その“辛抱強い”性格をコート上でどう生かすかも問題となってくる。テニスというのは、どうもせっかちなスポーツにできているようだ。相手よりポイントを多く取りたいがために、誰もがあせりがちだ。その結果、無茶なショットを打ってミスを重ねていく。そんなことは百も承知なのに、いざテニスコートに立つと、気持ちが空回りして平常心を失ってしまう。どんなに達観した人をも狂わすような魔物が、テニスコートには潜んでいる。

 ジミーは、もしクリスが長くテニスを続ける気でいるのなら、まず“辛抱強さ”を徹底的に養うべきだと考えた。クリスは幼い頃から内気でおとなしい性格だったので攻撃的なテニスは向かないと見抜いていたのだ。それからというもの、ジミーはクリスに、家庭でもテニスコートでも常に耐えることを学ばせた。まさに両面作戦である。さて、ジミーは一体、どのようにクリスを導いたのだろうか。

〜〜続く〜〜

文●立原修造
※スマッシュ1987年1月号から抜粋・再編集

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