二宮真琴がウインブルドンの前哨戦で優勝!コーチとの二人三脚で「やっとダブルスの戦い方がわかってきた」<SMASH>

二宮真琴がウインブルドンの前哨戦で優勝!コーチとの二人三脚で「やっとダブルスの戦い方がわかってきた」<SMASH>

今季3度目の決勝進出を果たした二宮(左)は、キチェノク(右)と組んでウインブルドン前哨戦のノッティンガムで見事優勝を飾った。(C)Getty Images

バルボラ・クレイチコワが、全仏オープンテニスで3年ぶりにダブルスを制すると共に単複2冠を成したその時、イギリスのノッティンガムでは、二宮真琴がL・キチェノクと組んだダブルスでトロフィーをつかみとった。

 二宮のWTAツアー優勝は、2018年に加藤未唯と組んだ東レPPO以来。そして3年前……クレイチコワ/シニアコワと全仏決勝を戦ったのが、穂積絵莉と組んだ二宮だった。

「えっ、ダブルスも優勝したんですか?」

 自身の優勝から、約30分後。クレイチコバの全仏二冠を知った二宮は、敬意を含んだ驚きの声を上げた。

「3年前のフレンチの決勝で完敗した時から、いつもあの二人は気になっていて、すごいなーと思ってたんです」

 グランドスラム決勝の舞台に立ったという自信と、あの二人に敵わず頂点には届かなかった悔い——それらの情熱をモチベーションとし、彼女はあの全仏決勝の日からダブルスを極める道を歩みはじめた。

 ただ、極めようと正面から向き合った時から、新たに高次な悩みも始まる。それまで、技術面も試合運びの面でも「感覚でやっていた」と認める二宮は、勝利から遠ざかりだしたとき、なかなか軌道修正がきかなかった。サーブが不調に陥ったこともある。彼女の大きな武器であるトップスピンロブが、思うように決まらなくなった時期もある。
 「感覚でやっていたので、どう打っていたのかが、自分でもわかっていなくて」

 それをロジカルに理解できていれば、修正もできたのに……そんな悔いの言葉を漏らしたこともあった。

 その殻を打ち破るため、彼女は2019年末に、小野田賢をコーチに雇う。小野田は下部ツアー転戦と並行し、指導者業も営んでいた。選手とコーチの視座を持ち、ダブルス経験も豊富な小野田の指摘は、「感覚」に頼っていた二宮のプレーを、少しずつロジックに落とし込んでいく。

 そのプロセスで重要なのは、なにより「試合経験」だと二宮は言った。去年はコロナ禍により思うように数がこなせなかったが、今年は1月に遠征に出て以来、ここまで「日本に帰ったのは二日間だけ」と笑う。その間、優勝したノッティンガム大会を含め、出場したのは15大会。3大会連続で初戦敗退の苦しいスタートとなるが、試合後は小野田とともに展開を詳細に振り返り、主に「流れの作り方」を学んでいったという。
 「それまでの私は、展開とかあまり考えず、全部のポイントを取らいないといけないとプレーしていた。だから常に重圧を感じて、苦しかったと思います。

 でも小野田さんは、『ここは捨てていいポイント』とか『ここで集中すべき』など教えてくれる。小野田さんとやり始めて、やっとダブルスの戦い方が分かってきたかなと思います」

 その取り組みの成果こそが、4月以降は3大会で、決勝に勝ち上がっている事実。そして、パートナーが「緊張して、まだ手が震えてる」と表彰式で明かすほどの神経戦を制した、今大会の優勝だ。
  くしくも、3年前にダブルスの道を歩むきっかけとなったペアが、再び全仏で戴冠した日、二宮も久々のタイトルを手にした。

 その時以降、動向を追っていたという二人の全仏優勝を知り、二宮は「あの二人は、ずっと組んでいるのも大きい。私もそういうパートナーを見つけたい」とも言った。

 悩んだ3年を経て、ダブルスの深みを知り一回り成長した彼女が、再び頂点を目指して歩みはじめる。

◆二宮真琴(にのみやまこと)◆
1994年5月28日生まれ。広島県出身。身長157cm。右利き。バックハンドは両手打ち。6歳からテニスを始め、中高生時代はトップジュニアとして活躍。2012年にプロ転向し、16年のジャパン女子オープンで青山修子と組んでWTAツアー初優勝。18年全仏オープンのダブルスでは準優勝を果たし、その年の東レPPOでは加藤未唯とのペアでツアー2勝目を獲得。今年のノッティンガムで3勝目を挙げた。野球「広島カープ」の大ファンとしても知られる。ダブルスのキャリアハイ20位(18年10月22日付)。

取材・文●内田暁

【PHOTO】世界で戦う二宮真琴ら日本人女子テニスプレーヤー!
 

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