望月慎太郎が18歳で300位台になるまで、マンネリ化せず刺激を与えてくれたコーチの存在【山中夏雄コーチ】<SMASH>

望月慎太郎が18歳で300位台になるまで、マンネリ化せず刺激を与えてくれたコーチの存在【山中夏雄コーチ】<SMASH>

15歳の頃からマックス・ミルニーさん(中央)に指導してもらっていた望月慎太郎(左)、右は著者の山中氏。写真提供:山中夏雄

錦織圭のアメリカ留学をサポートした盛田正明テニスファンド(MMTF)のコーチとして、アメリカのIMGアカデミーに常駐し、日本のジュニアたちの成長を支えている山中夏雄氏。このコラムでは日本のトッププロたちが、いかにして成長してきたのか、日米テニス界の違いなどを教えてもらう。

 今回は望月慎太郎が18歳で300位台にまで世界ランキングを上げるために、成長し続けることができた要因について。

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(望月)慎太郎が順調に成長するには、スポットで指導してくれたコーチの存在が不可欠でした。

 私は慎太郎が12歳でIMGアカデミーに来てから側でサポートし続けましたが、同じ指導者、環境だけではマンネリ化してしまいます。そこで、刺激を入れてもらうために、現在(錦織)圭のコーチをしているマックス・ミルニーさんに、慎太郎が15歳の時に指導をお願いしました。

 ミルニーさんは現役時代にIMGアカデミーで練習していたとはいえ、引退後は家族との時間を大切にしている状態でした。そんな時でしたが、連絡先をどうにか探し当てて、1度練習を見てもらえることになったのです。そこから週1回の指導が始まりました。
  ミルニーさんは慎太郎のテニスを理解し、すごく良いアドバイスをたくさんしてくれました。驚くのはその時から、「ウインブルドンジュニアはチャンスがある」「東京五輪には出るんだろ!」と言っていたことです。

 当時の慎太郎にとって東京五輪出場は、まったく手が届かないものだという認識でしたが、ミルニーさんは「そんなの、わからないだろ。出場するという気持ちで取り組まないとダメだ」と本気なのです。上のレベルの大会に挑戦するべきという私のスタンスも、彼の考えに影響を受けていたと思います。

 ウインブルドンジュニアに優勝した年の12月には、次の刺激を入れるために、ペルーの英雄、ハイメ・イサガさんの元を訪れました。彼はテニス界から離れていましたが、170センチぐらいの身長で世界12位にまでのしあがったマインドを、慎太郎に伝えてほしいと思ったのです。

 彼はマイアミマスターズの大会前にも、1週間ぐらいIMGアカデミーに来て指導してくれました。慎太郎のテニスとは違う部分もありましたが、刺激は与えられました。
  当時、私は慎太郎のテニスを理解していましたが、私1人では成長に限界があります。脳に刺激を与えないと伸びないのです。ただし、刺激を入れた後のフォローはするようにしていました。つまり、アドバイスを理解させて、迷いがないようにしたのです。

 選手の成長に合わせて、コーチを変える、変えないという2つの考えがありますが、私は変わらない人物が1人いて、刺激を入れるためのコーチもいるという状況がいいと考えています。
  その変わらない存在とは、昔からのコーチでも、親、トレーナー、サイコロジストでも構いません。ただ、選手にとって理解者がいることがすごく大事で、それがメンタルを左右します。

 現役の選手だと、ズベレフ、チチパス、シャポバロフなど、子どもの頃から教えていた親がチームにいて、コーチが変わっています。これが現代の主流で、選手にとって安心感があり、成長しやすい環境作りなのだと思います。

文●山中夏雄(盛田正明テニスファンド・IMGアカデミー常駐コーチ)

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