18歳の王者候補アルカラス!大ブレークの転機は2年前の“勝利と敗北”だった【シリーズ/ターニングポイント】

18歳の王者候補アルカラス!大ブレークの転機は2年前の“勝利と敗北”だった【シリーズ/ターニングポイント】

ここにきて急激に存在感を増しているアルカラスだが、2年前に参戦したリオ・オープンでの経験が大きく影響しているという。(C)Getty Images

クライマックスを待ち望む観客たちの歓声が、潮が引くように一斉に収まり、スタジアムを静寂が包む。

 ベースライン上で、二度、三度とボールを弾ませた彼は、サービスを叩き込むと同時に、猛然とネットに向かい走っていった。

 相手のリターンは浮き上がり、彼のもとへと、吸い寄せられるように飛んでいく。走る足を緩めることなく、なおかつボールを包むように柔らかく、彼は無人のコートにボレーを沈めた。

 刹那、勝者はコートに両手を広げて倒れ、客席で爆ぜる歓喜と祝福の声を、全身で吸い込んでいく。

 18歳のカルロス・アルカラスが、マイアミ・オープン史上、最も若いチャンピオンとなった瞬間。

 その直後には跳ね起き、対戦相手のキャスパー・ルードと握手を交わしたアルカラスは、ファミリーボックスで立ち上がるコーチの元へと一目散に駆けていった。

 若きチャンピオンと固く抱擁を交わすのは、スペインの同胞、ファンカルロス・フェレーロ。今年2月に42歳を迎えた、かつての世界1位だ。

「僕がファンカルロスのアカデミーで練習するようになったのは、3、4年前。彼が、ジュニア指導に力を入れようと思ったタイミングだと聞いています」

 まだ少年のあどけなさを宿す面差しで、彼が師との始まりを語ったのは、昨年2月の全豪オープンの時のこと。当時、17歳。予選を突破し本戦でも勝利を手にした彼は、既に“次代のスター候補”として、注目を集める存在だった。
  フェレーロとの関係性について語られた言葉で印象に残っているのは、全豪2回戦で敗れた後の会見時。「コーチとは、どんな会話を交わしたのか?」の問いへの返答だ。

「まだ、試合のことについては話していません。彼は僕が試合から戻ってくるのを待っていて、一緒に昼食を食べ、シャワーを浴び…いつもやることを終えただけで。試合について話すのは、ホテルに戻ってからだと思います」

 グランドスラム初勝利も、そして本人が悔しさをにじませる敗戦も、日常の一部として淡々と受け止め、地に足をつけ歩んでいく師弟の背が見えるようだった。

 そのフェレーロの姿は、今回のマイアミ・オープンで戦う18歳のそばに無かった。フェレーロの父親が急逝したため、スペインに帰っていたためだ。

 だが、アルカラスが決勝進出を決めた翌日、フェレーロは急きょマイアミに駆けつけ、愛弟子を驚かせる。
  翌日の決勝当日――。

 師が愛弟子に駆けた言葉は、「特にドラマチックではない」内容だったという。

「誰もが、これが僕にとっての最初のマスターズ1000決勝だとわかっている。でもファンカルロスは、トーナメントの1回戦だと思うようにと言いました。そして僕が準決勝でやったように、自分を制御するようにとも言われました。決勝であることを意識せず、自分のゲームプランを遂行すること。これまでの全ての試合でやってきたように、前向きに、気持ちを強く持つようにとも言われました。そして、この瞬間を、この試合を、僕の初のマスターズ1000決勝戦を楽しむように、って」
 
 その師の言葉を、アルカラスは忠実に実践した。

 これが初の大舞台とは思えぬ落ち着きと闘争心で、コートを縦横無尽に駆ける。強打で相手を押し込んでから、さらりと沈めるドロップショットは、もはや彼の代名詞だ。
 
 第1セットを終盤の競り合いを制して先取すると、第2セットは、早々のブレークで加速をつける。

 そして迎えた、最初のチャンピオンシップポイント――。人生で初めて対峙する局面で、彼は、サーブ&ボレーを決めた。
 「いかにして、マッチポイントでサーブ&ボレーに行なこうと決めたのか?」

 そう問うと18歳のチャンピオンは、下げた目じりに届くほどに口角を上げ、見た人をも幸せな気持ちにさせる満面の笑みで応えた。

「サーブ&ボレーがこの試合のカギになると思っていました。今日の試合ではたくさんやったし、100%に近い確率でポイントを決めていたと思います。マッチポイントでは、キャスパーはリターンポジションをすごく下げていたので、それを見たとき『よし、サーブを彼のバックハンドに打って、ネットに出ていこう』と決めました」

 そして彼は、こう続けた。

「常にチャンスを狙っていけって……それは、ファンカルロスに言われていることなので」。

 18歳11カ月のマイアミ・オープン優勝は史上最年少であり、マスターズ1000全体で見ても、3番目の年少記録だ。
 「この彼の急成長は驚きか?」

 試合後にそう問われたフェレーロは、「答えはイエスであり、ノーだ」と即答した。

「2〜3年前から、彼の潜在能力には気が付いていた。練習でも、当時から彼はトップ選手たちと渡り合えていた。正しい道を歩んでいけば、能力は開花すると信じていた」

 そのコーチに、「彼の能力が開花する上で、ターニングポイントとなった試合やトーナメントはあったか?」と尋ねると、次のような答えが返ってきた。

「彼が16歳だった時のリオ・オープンが、おそらくは重要だったと思う。カルロスはラモスに勝ち、自分にはこのレベルで戦える力があることを証明した。ただ同時に、あの時の彼はフィジカル面や環境への適応で、とても苦しみもした。自分に何が足りていないか知ることができたと思う。あのトーナメントで彼は、ここから先も練習と努力を重ねていけば大丈夫だと、自分を信じることができたと思う」
  フェレーロが言及したリオ・オープンとは、2020年2月開催のクレーコート大会。当時406位だったアルカラスは、初戦で41位のアルベルト・ラモス=ビノラスを、3時間越えの熱戦の末に7−6、4−6、7−6のスコアで破った。ただ次の試合では、116位のフェデリコ・コリアにフルセットで敗れる。

 連戦を戦い抜く体力と精神力の重要性を、当時16歳の少年は、この大会で痛感したという。

 その2年後——。

 インディアンウェルズでベスト4まで勝ち上がった18歳は、翌週のマイアミ・オープンで6試合を勝ち抜き、大会史上初のスペイン人優勝者の栄冠に輝いた。

現地取材・文●内田暁

【連続写真】将来の王者候補アルカラスの動かされても力強く返球したフォアハンド
 

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