全米オープン予選決勝で敗れた3人の日本女子、日比野菜緒、土居美咲、内島萌夏がもがき苦しんだ中でつかんだ希望<SMASH>

全米オープン予選決勝で敗れた3人の日本女子、日比野菜緒、土居美咲、内島萌夏がもがき苦しんだ中でつかんだ希望<SMASH>

完全燃焼できなかった東京五輪が尾を引き、不調に陥った日比野菜緒。今はパリ五輪に意識を向け、新たな歩みをスタートさせた。写真:内田暁

全米オープンテニス予選で、3人の日本人女子選手が本戦に王手を掛け、いずれも、最後の一段を上り切るには至らなかった。

 ただ、それぞれが各々の悩みや葛藤を抱えた中で、次につながる戦いだったのは間違いない。キャリアにおける現在地は異なるも、通底する命題に臨んだ、三者三様の物語とは――?

「思い返せば、ズレ始めたきっかけは、オリンピックだったと思います」と日比野菜緒は静かに言った。虚無の夏から1年近く、彼女は「すごく苦しかった」と打ち明ける。

「頑張りたいのに、頑張れない」

 自分でもどうしようもないもどかしさや、周囲への申し訳なさ、そして外界と自身との比較……それらが日々胸を圧し、「やめたいと毎日泣いていた」時期もあったという。

 なぜ、心身の歯車が狂い始めた起点が、東京オリンピックだったのか?

「オリンピックってみんなに応援されるものだと思っていたのに、開催を反対される方も多かった。このパンデミックの最中に、本当にスポーツをしていていいのかな、テニスって本当に私の人生で大切なのかな、と思ってしまったんです」
 
 もとより、“国を代表する”ことに誇りを覚え、オリンピックでの活躍を夢見てきた選手である。「(コーチの竹内)映二さんをオリンピックのベンチに連れていく」ことを最大の目標に掲げていただけに、無人の東京オリンピックの観客席を見た時、無性に悲しくて仕方なかった。

 再び前向きにコートに向かえるようになったのは、ついひと月ほど前のこと。きっかけは、母親の一言だった。

「もう一度頑張ってほしい。あなたには私みたいに、本当はやれたかもしれないのにやらなかっただけ……みたいな後悔をしてほしくない」

 その母の思いは、「なんであそこで頑張らなかったんだろうと、一生悔いて生きていくのが何より怖い」という彼女の人生観に、どんな言葉より深く共鳴した。

「応援してくれる人たちのためにも、もう一度頑張ろう」。そう思えた時、不思議と幸運も巡ってくる。
  7月中旬の段階でランキング250位前後だった日比野は、ボーダー外ながらもハンブルクとプラハのWTAツアー予選に出るべく、現地に足を運ぶ。すると、両大会とも直前で予選に繰り上がり、その僥倖を生かし、いずれの大会も予選を突破。

 とりわけプラハでは、ラッキールーザーとして本戦入りし、しかも2回戦で第2シードのバーバラ・クレイチコワから大逆転勝利をつかみ取った。

 この勝利でランキングを200位まで上げた日比野は、全米オープン予選出場圏内へと飛び込む。全米予選では腰痛に苦しめられながらも、初戦でルイザ・チリコ、2回戦ではワン・チャンという実力者を破った。

「2年後のパリ・オリンピック」を次なるマイルストーンに定めた日比野にとって、今大会は新たな旅のスタート地点となる。
 「試合前も試合中も、自分を洗脳してますよ!『私は強い! 私はできる!』って」

 快活な笑いに幾分の苦みを交えたのは、31歳を迎えた土居美咲である。

 最高位は、6年前に記録した30位。グランドスラム本戦出場も、36回を数えている。その土居が今、新たなテニスを模索し、迷いと葛藤を抱えていると言った。

 土居は今年7月に、8年近く師事したコーチのクリス・ザハルカと別れ、独立独行で歩んでいる。ザハルカコーチとはここ最近、「前に出る」テニスに取り組んできた。そのために、「前に出なきゃ出なきゃと思い、余裕がなくなっていた」と明かす。心も技も切迫する中で、リセットの意味合いもあり、下したのがコーチとの離別だったのだろう。

「今までやってきたことと、自分がやりたいテニスを組み合わせて、自分なりに考えて取り組んでいる段階」。それが、土居自身が俯瞰する彼女の現在地だ。

 今回の全米オープン予選では、土居は「組み合わせ」のレシピを味得したかのように、痛快な攻めで2つの快勝を得た。

 予選決勝でも、第2セット途中までは、土居が完全に主導権を握る。ただ……第2セット終盤で追い上げられたことで、攻守の配合のバランスがやや崩れ出した。それでも第3セットで巻き返しマッチポイントに到達したが、急な降雨に見舞われ試合が中断するという、あまりの不運に見舞われる。

 再開後は、最初のポイントを長いラリーの末に失い、結果、総計5本のマッチポイントを逃しての敗戦となった。

 噛み始めた歯車は、最後の最後に、雨にも濡れ空転する。それでも進むべき先は、並んだ2つの白星が差し示しているはずだ。

 なお土居は現時点で、ラッキールーザーの1番目。現地時間30日まで、本戦出場の可能性は残される。
 
「正直に言うと……ですか? 正直、調子は良くないです」

苦しみながらもフルセットで切り抜けた、予選2回戦後のこと。「最近の状態は?」というこちらの雑駁な問いに、内島萌夏はザックリと応じた。

 理由は、肩に巻かれたテーピングかと思ったが、それは「痛い時もあれば大丈夫な時もある。試合で巻いているのは予防」との説明。それよりも深刻なのは、「プレーのオプションを増やそうと取り組んでいる中で、自分の土台が揺らいでしまった」ことだ。

 この夏に21歳を迎えた内島は、パンデミック後の遠征再開からの1年で、ランキングを500位台から130位まで上げている。4年前より中国のアカデミーを拠点とし、技術面から戦術面に至るまで、テニスを根幹から見直してきた。

 急上昇したランキングは、磨きを掛けたフォアの賜物。ただ、次のステージである「オプション増加」へのプロセスで、彼女は逡巡を抱え込んだ。
  結果、自分の足元を見失いかけたのが、ここ数週間の苦しい戦い。全米オープン予選での2勝は、進化と現状維持の間で振れる針を、最後はやや現状維持の側に引き寄せ手にしたものだった。

 長身を鞭のようにしならせて、ボールの芯を打ち抜く能力の高さは、誰もが認めるところ。だからこそ周囲の人々も、器に多くを詰め込みたくなるのだろう。

 本人も「長い目で見て、良い選手になれるのが目的」だと、覚悟は固まっている様子。未完の大器は、いかなる完成形に至るのか? その一歩を、彼女はまだ踏み出したばかりだ。

現地取材・文●内田暁

【PHOTO】日比野菜緒、土居美咲ら、東京オリンピックに挑んだテニス日本代表!
 

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