「退屈では誰も見ないさ」異端児か?革命児か? 悪童キリオスが語る、一本芯の通ったテニスへの思いとは?

「退屈では誰も見ないさ」異端児か?革命児か? 悪童キリオスが語る、一本芯の通ったテニスへの思いとは?

全豪オープン直前のヨネックスのイベントにて、自身のスポーツの定義や仲間のデミノーについて話してくれたキリオス。写真:山崎賢人(THE DIGEST写真部)

異端児か、あるいはテニス界の未来を築く革命児か――?
 
 ニック・キリオスの行くところトラブルとニュースは絶えることなく、彼の一挙手一投足をめぐり、喧々囂々(けんけんごうごう)、賛否両論の論争が巻き起こる。

 昨年も、コートに椅子を投げ入れた末の試合放棄や、主審への暴言などを重ね、ついには「今後6カ月以内に違反行為を犯したら、16週間の出場停止と$2万5000の罰金」と言い渡された。現在は、言ってみれば“執行猶予中”の身である。

 だがそれら悪名を馳せる一方で、オーストラリアの森林火災被害救済の寄付を率先して行ない、ATPカップでは母国のために、単複で八面六臂の活躍を見せた。「自分より大きい何かのため」にプレーをすることを好む彼は、新たに生まれたATPカップ、そしてテニス界そのものを、どのように見ているだろうか?

「オーストラリアンオープンの準備という意味でも、ATPカップは完璧な大会だ。良い友人たちと楽しく試合し、満員の観客の前でプレーできたんだからね。
 新しいデビスカップや、スケジュールのことを色々と言う人たちがいるけれど、正直、僕はテニス界のために、チームイベントは絶対に必要だと思っている。ファンだって、これだけたくさんの人たちが見にくるんだ。むしろ、トーナメントが多すぎるんだよ。デビスカップ、ATPカップ、レーバーカップ……、これらは残るべきだが、テニスシーズンは短くあるべきだ」
  チーム戦はむしろ増やしつつ、シーズンそのものを短くすべき――。この発言だけを聞くと、いささかとっぴに響くかもしれない。だがそこには、彼が思う“スポーツの定義”にも関する、一本の芯が通っている。

「スポーツっていうのは、本来チーム戦だと思っている。プロのテニス選手は誰だって、お金を稼ぎ、色んな人たちも巻き込みながら、ファンを喜ばせたいと思っているものだ。スポーツは究極的には、エンターテインメント。すると行き着くところはチーム戦になる。

 僕だけじゃなくて、チームイベントで戦う時は誰もが発奮し、自分のベストが引き出される。チームメイトや国など、自分よりもっと大きいモノのために戦っているからさ。特に今回のATPカップはシーズン最初の試合だったので、誰しも良いプレーをしたかったはず。

 もしATPがトーナメントばかりでチームイベントをなくしたら、テニスに未来はないと思うね。トーナメントには、もしかしたら高いレベルの試合が多いのかもしれない。でも退屈では誰も見ないさ」
  チーム戦では自分より大きな何かのために戦い、ゆえにベストが引き出される――。キリオスのこの言葉を、1月初旬に開催された国別対抗戦、ATPカップにて皮肉な形で体現したのが、オーストラリアのアレックス・デミノーだろう。対ラファエル・ナダル戦を含め、シングルス4試合全てでフルセットの激闘を戦った彼は、その代償として腹筋を痛め、全豪オープン欠場を強いられることになったのだから……。

 自分より4歳年少のオーストラリアの若きエースを、キリオスは、「彼こそロールモデル」だと評する。「自分が若いころになれなかった存在」であり、そのデミノーと組んだダブルスは、彼のキャリアの中でも「最も素晴らしい試合」だとまで言った。

「彼は本当に良い“キッド”なんだ。長い間、彼が成長する姿を見てきた。彼がまだ10代前半だった頃のこともよく覚えているよ。

 ATPカップの1−1でかかったイギリス戦のダブルスは、“アメージング”だった。ベストフレンドの1人と一緒に、強いペアと戦えたんだから。アレックスが(イギリス戦の)シングルスで負けた後に『ダブルスに出る』と言ってくれた時は、燃えたね。すごくエキサイトしてコートに入ったよ。

 今回、彼がケガでオーストラリアオープンに出られないのは、本当に残念だ。今大会では、きっと大きな事を大きなコートでやってくれると思っていたから。でも彼はすごく若い(※20歳)。まだこの先、10回以上……15回くらいのオーストラリアオープンが彼を待っている。とにかく今は、1日も早く回復して欲しい」
  一見すると、奇想天外に映る彼の言動の数々ではあるが、彼がスポーツを介して目指す地点や、仲間たちへの想いを語る時、そこには1つのロジックが生まれる。

 森林火災救済のチャリティマッチで、ロジャー・フェデラーと真剣勝負を演じたのも、「ロジャーは常に、観客がいる前ではベストのプレーをする。それを知っているから、僕も勝ちたいと思って全力でプレーした」と言い、「でも最終的には、あの試合で大切なのは勝敗じゃない。誰かのためにやっているってことなんだ」と総括した。
 
 異端児か、あるいはテニス界の未来を築く革命児か――?
 
 その解を見極めるには、もう少し時間が必要そうだ。

文●内田暁
取材協力●ヨネックス株式会社
 

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