「コーチが席から助言を与えることを許す」。テニスの競技性を変えかねないWTAの新ルール。選手やコーチの考えは?

「コーチが席から助言を与えることを許す」。テニスの競技性を変えかねないWTAの新ルール。選手やコーチの考えは?

2018年全米オープン決勝で、コーチングを受けたとされペナルティを与えられ激怒するセレナ(右)。(C)GettyImages

ATPとITFが、揃って4月20日週までの国際大会の開催を見送り、WTAは4月27日開幕予定のプラハ大会までの、中止を正式に決定した。新型コロナウイルスの影響で、今季のツアー大会は数えるほどしか行なわれていない。そのために、WTAツアーで新たなルールがテスト施行されていたことを、知る人はかなり少ないのではないだろうか。

 コーチが、ボックス(コーチ用席)から選手に指示や助言を与えることを許す――。それが、新たなルールである。

「選手は、試合中にコーチの指示を受けてはならない」というテニスのルールが広く世に知れ渡ったのは、2018年全米オープン女子決勝、セレナ・ウィリアムズ対大坂なおみ戦だろう。大坂が優位に立つ第2セットの第2ゲームで、セレナは、コーチのパトリック・ムラトグルからジェスチャーによる指示を受けたとして、主審からペナルティを与えられたのだ。

 セレナはこの判定に対し、「私はコーチを見てすらいなかった!」と激怒。一方のムラトグルは、「確かにジェスチャーをした」と認めた上で、「セレナが僕の方を見ていたとは思わないし、これくらいのこと、どのコーチだって常にやっている」と居直った。かくして賛否両論、侃々諤々の論争を引き起こした“事件”から、約1年半後――。WTAは、コーチたちが大手を振って席から指示できる、新ルールのテスト運用を始めたのだった。
  テニスは1対1の究極の個人競技ではあるが、近年WTAはそこに、コーチという第三者の目を積極的に介入させる動きを見せている。チェンジオーバーやセット間にコーチをベンチに呼べる、“オンコートコーチング”を導入したのが2008年。2015年にはオンコートコーチング時に、タブレットを用いて指示をすることも容認していた。ただそれらの変革に比べれば、今回のルール変更は、さほど大きな変化だと選手は捕らえていないようだ。

 新ルール導入から2大会目となるカタール・オープンを制したアリーナ・サバレンカは、「正直、これまでもみんなやっていたこと」と、“暗黙”だったグレーゾーンが正式に認められただけだと明言。その上で、「コーチが試合中に言うのは、『このポイントに集中して、しっかりボールを返せ』程度のことだけれど、助けにはなる。それを晴れて堂々と出来るようになったのは良いこと」と、今回の動きを歓迎する向きだ。
  サバレンカ同様に、「コーチングは以前から行なわれたこと」と涼しい顔で言うのは、ベリンダ・ベンチッチ。父親がコーチとして帯同する彼女は、ベンチからのコーチングの方が、オンコートコーチングよりも健全だという。

「私は、コーチがマイクをつけて行なうオンコートコーチングが好きではない。戦術的な会話や重要な助言が、全て筒抜けになってしまうから。すると、試合後に相手選手、さらには次の対戦相手にもそれを聞かれ、分析されてしまうもの」。そのような観点から、その場で指示を得られる今回のルールの導入を、彼女は素直に喜んだ。
  
 他方でコーチングのルール緩和に対し、やや否定的な反応を見せる選手もいる。「これが女子テニスにとって良いことか悪いことかは、まだわからない。でも私は、1セットに一度のオンコートコーチングで十分だと思う」と言うのは、今年30歳を迎えるベテランのペトラ・クビトワだ。

「テニスは基本的にとても個人的な競技。自分で問題を解決しながら戦うべきだと思う」と、ウインブルドン2度の優勝を誇るレフティは、伝統的なテニス観を重視した。

 現世界1位のアシュリー・バーティーも、同様の哲学の持ち主だ。「私はコーチからの指示よりも、自分で問題を見極め、自分の頭で解決策を考え、それをコートで実戦したいと思うタイプ。コーチングは、必要だと思った時だけ頼めば良い」と、女子テニス界きっての戦略家は、新ルール導入は意に介さぬ構えだ。
  ではコーチたちは、試合中にも常時助言が与えられることを、どう捕らえているだろうか? 「ベリンダが言った通りだよ。これまでも皆がやっていたことだ。別に今までと変わりがない」と言うのは、ベンチッチの父にしてコーチのイバン氏である。

 あるいは、現ハレップのコーチであり、過去に多くのトッププレーヤーを指導してきたダレン・ケイヒルは、「コーチの役割が拡張していくのは良いこと」と、このルールがテニスという競技を、より面白く、高次に変えていくのではと目している。

「私は伝統を愛する人間だし、年配者だ。テニスとは1対1の勝負で、問題は自分で解決するという伝統を尊重している。だが同時に、テニスはスポーツとして進化するべきだとも思っている」。自身の父親も、オーストラリアン・フットボールの著名な監督であったケイヒルは、「コーチ業を拡大し、コーチが成長していくという意味でも、WTAは良い方向に向かっている」と持論を展開した。
  新ルールが施行されたここまでの数大会では、まだボックスからのコーチングが、大きな効力を発揮したということはないようだ。ただ今後、サインを用いて常時指示を出したり、データをより高い頻度で駆使し助言するコーチも出てくるかもしれない。そうなればテニスという競技の性質が、従来とは大きく異なる未来もありえるだろう。
  ツアーが2カ月近く中断されるこの時期は、それら新たな策や戦術を練る格好の機会にもなりえる。再開したその時から、女子ツアーの景色は変わっていくのだろうか? ケイヒルが目するように、新ルールがテニスの進化へと向かうことを願うばかりだ。

文●内田暁

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