「ただ自分らしくありたいだけ」愛すべき『悪童』メドベージェフが独特なメンタリティーを語る

「ただ自分らしくありたいだけ」愛すべき『悪童』メドベージェフが独特なメンタリティーを語る

次世代No.1候補の一角とも目されるメドベージェフ。(C)GettyImage

昨シーズン、ATPツアー最多の59勝を挙げたロシアの24歳、ダニール・メドベージェフ。初めてトップ10入りを果たすや、そこから一気に世界4位にまで駆け上ったシーズン後半の快進撃は記憶に新しいところだ。7月末のワシントン大会(ATP500)から、なんと6大会連続で決勝に進出し、マスターズ2大会を含む4タイトルを獲得。全米オープンの決勝では、ナダルと4時間50分の大激闘を繰り広げた。

 そんなメドべージェフが、このほどテニス専門メディア『BEHIND THE RACQUET』に登場。幼少期からの自分とテニスのストーリーを自身の言葉で寄せている。

 2016年、20歳にしてトップ100入りを果たしていたメドベージェフだが、2014年にプロのキャリアをスタートさせた直後には、短いながらもつらい下積み時代を送っていたという。

「試合に負けては、逃した100ドルのことばかり考えていた。一番つらかったのは、ジュニアからプロに転向した頃だ。フューチャーズをやってみて、700位から300位になるのがどれだけ大変なことか、すぐに理解できた。できるだけお金を節約しながら、できるだけ早く5、6回も勝たなければいけない。みんなが同じことを狙っているなかで、どうすればいいのかさっぱりわからなかった」
  そんな時代をともに戦ったロシアの同世代からは、当時のことをいまだにからかわれているそうだ。

「(アレクサンダー・)バブリクと話したことを覚えている。当時700位くらいだったぼくは、『どうやったら300位になれるんだよ。無理でしょ?』って言ったんだ。今でも彼はそのセリフを覚えていて、ぼくを見ると『どうやって300位になったんだ』と冗談を言ってくるよ」

 だが、苦労してトップ100の壁を破ったあとも、まだ“プロ”ではなかったと述懐している。

「初めてトップ100に入ってからも、自分はプロではないと心の底ではわかっていた。コートにいるときは100%の力を出していたけど、コート外では正しいことをしていなかった。夜ふかしして、プレイステーションで何時間も遊んで、細かいことに気を配っていなかった。

 (その後)70位くらいからトップ5へ飛躍できたのは、テニスに全てを捧げようと決めたからこそだ。ぼくは自分を試して、自分の限界を見つけたいんだ」
  メドベージェフといえば、2017年のウインブルドンで主審にコインを投げつけたり、昨年の全米オープンでボールパーソンに怒りをぶつけたりと“悪役”イメージもついている。だが同時に、プロの世界を生き抜いてきた芯の強さも確かなものだろう。ここでは、こんな考え方を披露している。

「これをしてはいけないとか、これを言ってはいけないとか言う人が常にいるが、僕は何を言ったっていいと思っている。彼らに200回聞かれても答えは同じ。特にアイドルがいるわけでもなくて、ぼくは自分らしくありたいだけなんだ。

(そう考えるのは)トップ10にいるからじゃない。信じてもらえないかもしれないけれど、もし22歳で1000位になって、自分には可能性がないと判断して辞めたとしても、ぼくは同じことを考えるだろう。ただ、自分らしくありたいだけだ。
  この世界では、みんなが自分について言っていること、考えていることを『聞く』はめになる。10人いれば、10通りの意見が出てくる。いつも誰かが『こうでなければならない』と言うが、実際にはそうではない」

 誰になんと言われようと、あくまでわが道を行くというメドベージェフ。かつてのジョン・マッケンローがそうであったように、『悪童』として、多くのテニスファンから愛される日もそう遠くないのかもしれない。

構成●スマッシュ編集部

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