河内一真"テニス・イップス"との6年戦争。差を受け入れることから克服への光が…【後編】

河内一真"テニス・イップス"との6年戦争。差を受け入れることから克服への光が…【後編】

自分の感覚と動きが合っていないことを認識するために、何度も映像でその差を見て認識。その作業は実に6年にも及んだ。写真:内田暁

始まりは、友人に指摘された「サービスのフォーム変えた?」の一言であり、異変が現れるのも、サービスを打つ時だけだった。

 ただ、サービスの動きに心を砕いているうちに、フォアやボレー、さらにスマッシュなど、右腕で行なう全ての動きにイップスが出始めたという。しかもその箇所や症状は、日によって異なった。

「僕の場合、これという決まった症状というより、日々変化した。腕が震えるようなことがあったり、ヒジが上がらなかったり。一つを直そうとしたら他のところに代償が出るという感じでした」

 1ゲームに5本ダブルフォールトを犯す。フォアハンドのストロークが、ことごくミスになる。

 日々異なる肉体の謀反との、原因も正解も見えぬ戦いは、プロ転向後も3年ほど続いた。複数のスポーツカウンセラーに、相談したこともある。動画を繰り返し見ては苦悶する彼の背に、「見たら意識しすぎるから、止めたほうがいい」と声を掛けてくれるコーチや関係者もいた。

 何が正解なのかは、今でもはっきりとはわからない。ただ彼は、「動画を見て、自分の感覚と動きが合っていないことを認識した方が良いと思った」という。

「差があることを受け入れ、その差を知ったら修正はできるのではないかと思って。けっこう僕は細かく考えましたね」

 つまり彼は、今まで自身を磨きあげてきた哲学を、イップスを克服する手法へと応用したのだ。
  動画を見ながら、どのような時にイップスが起きているのか、その症状が出た時に身体がどのような反応を見せているのか……それらを客観的に分析する。そしてどのような対処をすれば、症状が軽減するか一つひとつ確認した。

 それは正に、干し草の中から針を探すようなプロセスだったろう。その間にも、イップスの症状が出て試合にならないことは幾度もあった。

「やめようと思ったことは、何度もありましたよ」

 ただ……と、彼は続ける。

「でも自分の場合は、テニス選手の目標はグランドスラムですが、それ以上に、問題に対し考え乗り越える習慣づけができれば、次のことをやっても、この経験は無駄にならないなと思ったので。

 実際にイヤになりましたけれどね。特に、高校の時に問題なく勝てた相手に負けたりした時には。でもテニスが好きという根本は変わらず、1〜2日休んでも、またやろうという気になった。小さい変化に敏感になりました。今の自分はここだと受け入れ、小さな成長を肯定的に捉えて。高校の時の自分はもう忘れ、ゼロから始めれば日々成長できているので……だから、努力が続いたのかな」
  昔に戻るのではなく、今を受け入れ、「新しく作り直そう」と思考を変えたのが4年ほど経った頃。

 打つ前に考える時間があると良くないと感じ、サービスはクイックモーションに変え、ストロークも全てライジングで捕えるようにした。

 適度に疲労を感じている方がイップスが出にくいことに気付き、振り回し練習や腕立て伏せをしてから、試合のコートに向かったこともある。腕やヒジに意識が行くと症状が出るので、イップスになりそうと感じた時には、膝の角度など別のことに注意を向けた。

 それら気の遠くなるような試行錯誤を繰り返し、ようやく「イップスを制御できる」と自信を持てるようになったのが、約2年前のことである。イップスの症状が出はじめた高校3年の夏から、6年の日々が過ぎていた。

 イップスは、今でも完全に消えた訳ではない。「あ、これくるぞ」と、試合中に、嫌なあの感覚に襲われることもある。

 ただ、そのサインを察知できれば、制御できるとの確信が今の彼にはある。それは、6年かけて自分とイップスを分析し、原因と症状、そして対策の組み合わせを何パターンも手元に揃えてきたからこそ獲得した、揺るぎない自信と真の強さだった。
  この6年間に、練習や試合のコートで襲われた数々の絶望や屈辱の中で、最もつらいのはどのような時だったか――?
 
 残酷かと思いつつも質したその問いに、彼は数秒黙して虚空を凝視した後、迷いなく一気に言った。

「みんなが、何も言わない時ですね」

 試合に惨敗した後に、ロッカールームに行っても、誰も声を掛けてこない。練習でどんなにミスをしても、相手は文句のひとつも言わない。

「みんなが、自分に対し腫れ物に触るように接していると感じることがありました。みんな気を使って、何も言わない。でも、気を使われているのが一番しんどかった。『どんだけミスしてんねん』と言われる方が、まだマシだった……」

 それでもテニスを辞めなかったのは、今の状況から逃げ出すよりマシだとの思いからか――? その問いに彼は、「逃げたらダサいですよね」と即答する。

「ここから僕が強くなって、日本のトップになったりグランドスラム出られたら、一つの希望になるじゃないですか。イップスになって良かったこともありますし、多少のミスでは全くイライラしなくなったとか。それこそ『ウィズ・イップス』で、自分の一部と受け入れたら、全然……ね」。

 6年に及ぶ長い戦いの追憶の終わりに、彼は穏やかな笑みを浮かべた。

「希望」――誰かに与えられるのではなく、イップスを克服した自らの手で、その光を灯しにいく。

文●内田暁

【日本人男子選手PHOTO】NEXT錦織は誰だ? 世界を目指す男子選手たち

関連記事(外部サイト)