亡き母との約束を果たし全仏制覇したエナン。その小柄なのにパワフルな姿に憧れた美濃越舞【プロが憧れたプロ|第7回】

亡き母との約束を果たし全仏制覇したエナン。その小柄なのにパワフルな姿に憧れた美濃越舞【プロが憧れたプロ|第7回】

元ナンバー1のエナン(左)に憧れていた美濃越(右)。(C)Getty Images(左)、THE DIGEST写真部(右)

現在、プロとして活躍している選手も、現役を引退してコーチをしている人も、小さい頃には憧れのプロがいたはずだ。【プロが憧れたプロ】シリーズの第7回は、プロ転向10年目となる美濃越舞に話を聞いた。

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 ジュニアの頃から攻撃的なプレースタイルで、その年代のトップジュニアだった美濃越が憧れていた選手は、元ナンバー1のジュスティーヌ・エナン(ベルギー)だ。

「大きい選手が多い中で小柄であり、しかも片手バックハンド。すごくパワフルでパーフェクト。とても好きな選手でした」と、当時を思い出しながら話す。

 エナンは個性豊かな選手で、特に日本での人気は高かった。女子テニス選手にしては決して大きくない167センチという身長だったが、それをハンデと感じさせない。また、女子だけでなく男子選手でも少数派になってきていた片手バックハンドで、鋭く振り抜かれるスイングから生み出されるショットは、彼女の武器だった。

 本人だけに限らず、彼女を取り巻く状況もテニスファンの興味を掻き立てた。同じベルギーに1歳年下のキム・クリステルスがおり、2人は共に1位を狙えるだけのポテンシャルがあった。明るく社交的なキムと、落ち着いた雰囲気のエナンは対照的で、わかりやすいライバル関係が生まれていく。
  彼女たちが対戦した2003年の全仏オープン決勝で、エナンは初めてグランドスラムタイトルを手にしている。この優勝は亡き母に捧げたものだった。エナンが10歳の時、92年全仏女子決勝を母親とセンターコートで観戦。その時「私はいつかここで勝ってみせるわね」と、癌と闘っていた母に誓う。2年後に母は他界し、それから9年経ち、見事にその約束を果たしたのだ。

 クレーコートを得意としたエナンは4度全仏オープンで頂点に立ち、全米オープンで2度、全豪オープンで1度優勝して、女王として一時代を築いた。

 エナンの試合がテレビで放映されている時は、「絶対に見ていました」と言う美濃越。少しは近づけたかと尋ねると、「近づけなかったです(笑)。アグレッシブなプレーは参考になりましたが、うまいプレーはちょっと参考にできなかったです。やっぱりすごいなって」。マネをしようにもできなかった、エナンの「うまさ」。自身もプロになり、より一層その才能の豊かさを感じ取り、憧れた選手だった。

取材・文●赤松恵珠子(スマッシュ編集部)、取材協力●潟Sールドウイン/エレッセ

【PHOTO】エナンに憧れていた美濃越など、日本人トッププロのジュニア時代
 

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