栄光と苦難を経験した内田海智と中川直樹。豪打と柔軟なテニスが激突【全日本テニス】

栄光と苦難を経験した内田海智と中川直樹。豪打と柔軟なテニスが激突【全日本テニス】

全日本の準々決勝で、中川(右)が内田から逆転勝利を挙げた。写真:山崎賢人(THE DIGEST写真部)

コートを見下ろす2階席のベンチに、盛田正明・元日本テニス協会会長の姿があった。盛田氏が送る温かい視線の先では、現在26歳の内田海智と来月に24歳の誕生日を迎える中川直樹が熱戦を繰り広げる。中川は、盛田氏が立ち上げたテニスファンドの卒業生である。

 内田と中川は両者ともに、ジュニア時代から周囲の期待に応える結果を残し、将来を嘱望された存在だった。

 ジュニア・デビスカップで日本優勝の立役者となった内田は、その後もウインブルドンJr.、そして全米オープンJr.でもベスト4の好成績。自信とプライドを胸に、プロの世界に乗り込んだ。ただそこからの足取りは、決して軽やかとは言い難い。もともと器用なタイプではなく、プロの世界の多彩なテニスに、適応するのに時間を要した。

 それでも腐ることなくジリジリとプレーの幅を広げ、戦績も徐々に残していく。昨年夏にはキャリア最高位の237位に達し、グランドスラム予選の舞台も踏んだ。

「僕、プロになって以来、年間ランキングは毎年上がっているんです」。朴訥な口調に確かな矜持を込め、彼がそう言ったのは昨年のことだった。
  一方の中川も、ジュニア時代の戦績では内田にひけを取らない。15歳の時にはITFフューチャーズ1万ドルで優勝し、2014年の全米オープンJr.では、ダブルスで頂点へ。ちなみにこの時の全米オープンは、錦織が世界1位のノバク・ジョコビッチを破り決勝に躍進した大会でもある。大先輩が死闘を制する姿を間近で見て、試合前にはウォームアップの相手も務めた中川は、「いつか僕も、この舞台に立ちたい」との決意を、柔らかな表情に湛えていた。

 だが順風満帆に見えたキャリアは、プロ転向1年目からケガの試練に見舞われる。18歳で右肘を痛め、1年間のツアー離脱を余儀なくされた。柔らかなフォームから放つ多彩なフォアハンドが武器の中川にとり、右腕のケガはテニスの根幹を揺るがす。感覚を取り戻すには時間を要し、もがきのなかで10代は過ぎていった。

 ようやくテニスの感覚を取り戻し、結果も出始めたのは復帰から1年が過ぎた頃。ところが18年の5月、今度は右手首の腱脱臼という大ケガに見舞われる。この時はメスを入れ、ギプスで固定したまま腕を動かすこともできない日が続いた。
 「一番人生で落ち込んだ時だった」
 そう定義する時間のなかで、それでも諦めなかったのは、「テニスが好きだった。そこだけが続けられた理由だった」と振り返る。

「振り切れなかったり、感覚的につかめない時間が本当に長かった」後に、少しずつながら良い時の感覚が戻ってきたのは、「本当に最近ですね」と彼は言った。

 豪打を誇る内田との対戦でも、長いケガとの戦いの中で身につけた忍耐力と適応力が、中川を支えたかもしれない。第1セットは、強烈なサービスとフォアで攻める内田の速い展開に、なかなかリズムをつかめず苦戦。第2セットも先にブレークされ、剣ヶ峰に追い込まれた。
  だが、徐々にリターンのタイミングがあいストローク戦に持ち込めるようになると、中川の多彩さが生きてくる。第2セットを逆転で奪うと、第3セットは「(リズムを)つかんでいたので、自然と良いプレーが増えました」という中川が激戦を制した。

 テニスのできない時間を長く過ごした中川だが、だからこそ、コロナ禍によるツアー中断期間を有効活用できた側面もあるだろう。ウェイトトレーニングに時間を裂き、サービスのスピードが上がったことが、プレーに一本の軸を通すようになった。

 先月は、盛田ファンドの先輩である西岡良仁のヒッティングパートナーとして欧州遠征に帯同し、新たなモチベーションを得もしたようだ。

 世界の大舞台で戦う目標は、今もブレることはない。その足掛かりとするためにも、今回の全日本選手権では、頂点のみを目指している。

【男子シングルス準々決勝】
○中川直樹(橋本総業HD) 4-6 7-5 6-2 内田海智(富士薬品)[3] ●
※名前の後の数字はシード

取材・文●内田暁

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