今年の男子テニス最終戦のグループ名に『東京』の文字が冠せられた“歴史的な理由”とは…【ATPファイナルズ】

今年の男子テニス最終戦のグループ名に『東京』の文字が冠せられた“歴史的な理由”とは…【ATPファイナルズ】

節目の年を迎えた「ATPファイナルズ」が“ある理由で”2つの都市をラウンドロビンのグループ名に冠した。(C)Getty Images

その大会は彼にとって、2つの意味で、忘れがたいものだという。

 一つ目の理由は、ケン・ローズウォールを破り優勝を決めた日が、彼の誕生日であったこと。

「ローズウォールとの試合の直前に、1万人の日本のファンが『ハッピーバースデイ』を歌ってくれたんだ」

 24歳の「ユニークな誕生日」を、彼は笑顔で回想した。

 もうひとつの忘れがたい理由は、大会最終日の翌日が、徴兵の招集日だったこと。

「12月15日が大会最終日で、16日が招集日だった。だから15日の試合が終わった直後の夜中に飛行機に飛び乗り、16日には米軍の訓練に参加したんだ」
 
 それから50年後の今年――。

 昨年のATPファイナルズ優勝者のステファノス・チチパスは、その人物から連想する言葉を問われると、「レジェンド。それから、シューズ」と即答した。

 スタン・スミス。

 彼こそが、1970年に東京で産声を上げた、ATPファイナルズの前身『ペプシ・グランプリ・マスターズ』の初代チャンピオンである。
  グランプリ・マスターズの発足は、単なる一大会の誕生にとどまらず、今のテニス界の本流を生む源泉だ。

 グランドスラムにプロ選手の参加が認められるようになった、いわゆる「オープン化」が成されたのが1968年のこと。ただオープン化当時は、“ワールド・チャンピオンシップ・テニス”と“ナショナル・テニス・リーグ”という2大組織が対立状態にあったため、トップ選手たちは、いずれかの組織とプロ契約を結ぶことを迫られた。

 その問題を解決すべく奔走したのが、サーブ&ボレーの名手として名を馳せたジャック・クレーマーである。第一線を退いた後はプロモーターとして活躍していたクレーマーは、両組織を統合する“グランプリ・シリーズ”を提唱した。

 大会での成績をポイントに換算して選手をランキング付けし、その上位8名にグランプリ・マスターズへの出場権を与えるという構想は、現在のATPツアーとファイナルズの原型だ。

 その記念すべき第1回大会が開催されたのが1970年であり、開催地となったのが、東京である。以降、15の都市を渡り歩いたこの大会は、50年目の今年、ロンドン開催の最後の年を迎えた。
  新型コロナウイルス感染が再び拡大するロンドンで、一時は危ぶまれながらも開催されたATPファイナルズでは、無観客ながら連日熱戦が繰り広げられている。

 ラウンドロビン(総当たり戦)のグループ名は、1つが『東京 1970』で、もう一つが『ロンドン 2020』。それぞれのグループを勝ち抜き準決勝に勝ち上がったのは、ダニール・メドベージェフ、ドミニク・ティーム、ラファエル・ナダル、そしてジョコビッチ。

 今年、半世紀の歴史を示すマイルストーンに、この4選手のいずれかの名が刻まれる。
 【ATPファイナルズ ラウンドロビン順位】

■グループ 東京 1970
1、D・メドベージェフ(3勝0敗)
2、N・ジョコビッチ(2勝1敗)
3、A・ズベレフ(1勝2敗)
4、D・シュワルツマン(0勝3敗)

■グループ ロンドン 2020
1、D・ティーム(2勝1敗)
2、R・ナダル(2勝1敗)
3.S・チチパス(1勝2敗)
4、A・ルブレフ(1勝2敗)

【準決勝組合せ】
D・メドベージェフ − R・ナダル
D・ティーム − N・ジョコビッチ

文●内田暁

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