テニスに恋した場所で―― 全仏を制したニューヒロイン・シフィオンテクの物語

テニスに恋した場所で―― 全仏を制したニューヒロイン・シフィオンテクの物語

ローランギャロスで頂点を極め、一躍ニューヒロインとなった19歳のシフィオンテク。少女は4年前、そこでテニスに恋し、夢を抱き、そして鮮やかに実現した。シフィオンテクのここまでの歩みとは?(C)Getty Images

■ローランギャロスで生まれたプロへの夢

「テニスと恋に落ちた」時、彼女は15歳だったという。

 全仏オープンジュニアに出場するため、ローランギャロスを訪れた日――。
それは、彼女にとってのグランドスラムジュニアデビュー戦であり、初めて参戦するプロも出る大会だった。

 会場に足を踏み入れた時に心を駆けた衝撃を、彼女は今でも覚えている。きめ細かく整備されたクレーコートの鮮やかさや、荘厳な施設に目を奪われたこと。会場ですれ違うトッププレーヤーの姿に、初々しい興奮を覚えもした。「プロテニスプレーヤーになりたい!」自分の進むべき道を、彼女は赤土の先に見出していた。

 イガ・シフィオンテクがラケットを手にしたのは、5歳の時である。彼女の父親は、1988年ソウルオリンピックにも出場した元ボート競技者で、2人の娘にも、スポーツに打ち込んでほしいと願っていた。それもできればチーム競技ではなく、個人競技を望んだという。理由は「自分1人の力で、道を切り開くことができるから」。そのような思いは、母国ポーランドの独裁体制が崩壊し、国家情勢が最も揺れた時代にアスリートとして生きた、自らの経験に根差しているのかもしれない。

 いずれにしても父の願い通り、長女はまず水泳を始め、その後、テニスに専心する。そして3歳年少の妹のイガも、やがて姉の後に続いた。きっかけは「姉に勝ちたかったから」。決して始めた瞬間から、テニスに夢中になったわけではない。ただ「負けず嫌いで、勝負事が好きだった」という彼女は、勝利の快感を求めてコートに向かった。
 ■可能性を模索する中で見つけた羅針盤とは

 強打とドロップショットを巧みに操る少女が、才能を開花させるまで長い時間を要さなかった。10代前半の時点でジュニアとしてのみならず、プロを含めても、国内でトップクラスの選手となる。ただそれでも彼女はまだ、テニスを職業とすることには迷いがあったという。

 当時のポーランドには、アグニエスカ・ラドワンスカらトップ選手はいたものの、育成環境が整っているとはいえない。世界を知る選手やコーチと触れる機会もなかった彼女には、己の強さを測る物差しも、どれだけうまくなればどこに行けるかを示してくれる道標も存在しなかった。

 自分の現在地がわからず、未来の可能性を模索する……そんな彼女が手にした羅針盤こそが、15歳で出た全仏ジュニアでの、ベスト8という結果だった。15歳でプロになることを意識した少女が、より明確に強さの指標を手にしたのは、その2年後。やはりローランギャロスの赤土が、スタート地点にあった。
ダブルスでは、日本の内藤祐希/佐藤南帆組を破り優勝するも、シングルスでは準決勝で敗退。その全仏からポーランドへの帰路で、彼女はコーチに「私は徹底的に練習して、ミスをしない選手になる」と誓ったという。

 実際に、帰国後のシフィオンテクに、コーチはこれまでと異なる目の輝きを見た。果たして直後のウインブルドンジュニアで、彼女は頂点をつかみ取る。そして「数年で結果が出なければ、学問の道に進もう」と自身に時間の制限を設け、プロの世界に身を投じた。
 ■内なる重圧と対峙するために心理学者に師事

「テニス選手がどれほどのプレッシャーを抱えながらコートに立つか、一般の人には、なかなか理解してもらえないと思う」と彼女は言う。特に、彼女のように早期での結果を求め、なおかつ学業との両立を目指した者ならなおのことだ。

 このプレッシャーの正体とは何かと考えた時、シフィオンテクが至った答えは「重圧はあくまで、自分の内側で生まれるもの」という真理。だからこそ彼女は内なる敵と対峙するため、スポーツ心理学者に師事することを望んだ。

 何人かのスポーツ心理学者を試した後、幸いにも彼女は、1人の信頼のおける人物と出会う。ボートやサイクリング競技者の指導経験も持つダリア・アブラモビッチは、まずは17歳の少女に日常の過ごし方から助言した。

 信頼できる周囲の人々との関係性を確立すること。自分への期待値を上げすぎず、代わりに、基準を高く保つこと。それら心理学者からの助言に耳を傾けた彼女は、「日常生活が、いかにコート上のパフォーマンスに影響を及ぼすか」を痛感したという。
 ■セミプロから真のプロになり、瞬く間に頂点へ!

 今年3月にコロナ禍によりツアー中断が決まった時も、彼女はいったんコートを離れ、高校のカリキュラムを終えることに専念した。「猛勉強の甲斐あり、とても良い結果で卒業試験を終えられた」と笑うシフィオンテクが再び練習コートに戻った時、その集中力や「野心」は以前と異なるレベルだと、周囲の目にも映ったという。

「それまでの彼女は、言ってみれば高校生と両立のセミプロ。それが完全にプロになった」コーチもある種の期待と予感を覚えるなか、真にプロの道を歩みだした19歳は、ローランギャロスで頂点まで駆け上がる。

「いつの日かグランドスラムで決勝を戦うなら、それはローランギャロスだと思っていた」夢見た銀杯を抱えた時、彼女は微かに声を震わせる。

 15歳の日――初めて「テニスと恋に落ちた」地で見た夢を、4年後に彼女は、自らの手で実現した。

文●内田暁

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