「チームのみんなのために…」失意の敗戦から一転、21連勝の快進撃を続ける大坂。その成長の理由とは?

「チームのみんなのために…」失意の敗戦から一転、21連勝の快進撃を続ける大坂。その成長の理由とは?

全豪のトロフィーを掲げる大坂。この1年で一皮も二皮も剥けた様子だ。(C)Getty Images

ボールがラインを越えるのを確信した時、彼女は、両手でつかんだラケットを頭に乗せると軽く飛び跳ね、心からうれしそうな笑みを顔中に広げた――。

 それは、今まで見た大坂なおみのグランドスラム優勝のうち、間違いなく、もっとも素直に喜びを表出した瞬間だった。

 初のグランドスラム戴冠となる2018年の全米オープンでは、流す涙を隠すかのように、サンバイザーのつばをぐっと深く押し下げた。

 翌年1月の全豪オープンでは、精魂尽きたようにその場にしゃがみこむ。

 そして昨年9月の全米では、無観客という異例の決勝の舞台の中で、目元を手のひらで覆い、天を仰いで息を大きく2度…3度と吐き出した。
 
 だが、今回はそうではない。

 ブーイングや静寂の代わりに、暖かな拍手と歓声があった。

 ファミリーボックスで一斉に立ち上がり、円陣を組んで喜びを分かち合うチームスタッフの姿があった。それは、ただただ純粋に、歓喜と祝福の光景だった。

「確かに、過去とは異なる感情だったと思う」

 試合後の彼女は、栄冠の瞬間の心境について、そう認める。
 「前回ここで優勝した時の私は、怒りを原動力にプレーしているような感じだった。ツアーにおける自分の立ち位置を刻印しようと必死で、全米と全豪の連続優勝にこだわっていた」

「でも今回の私は、ずっと心穏でいられた。このようなパンデミックの状況下で、グランドスラムでプレーできることそのものがうれしかった。だから今は、とても平穏な心持ちなの」

 2年前――自身の存在証明を刻印すべく頂点へと疾走した21歳の彼女は、トロフィーを抱いてなお、心の平穏を得ることは無かった。

 優勝と同時に手にした、「世界1位」の肩書。それに付随する「女子テニス界のリーダー」「ロールモデル」という責務が、彼女の胸を圧していたからだ。

「ものすごく大きな責任感を覚え、怖くもあったし神経質にもなっていた。試合でラケットを叩きつけたりしたら、ロールモデルに相応しくないと思われるのではないかと、恐れていた」

 それほどの重圧がありながら、最終的に安寧を手にできた理由とは、何なのか――?
 
 繰り返し向けられてきたそれらの問いに、彼女は丁寧に、同じ答えを繰り返してきた。

「私のチームの人たちと、話すこと。いつも試合の1時間前に、私たちは話す時間を持ってきた。自分がこれまでしてきたこと、どこをゴールに何を成し遂げたいと思っていて、コートを去る時にどんな想いでいたいか……それらを話してきた」
  自分がいかに緊張しているか、どのような心境でいるのか?

 それらを包み隠さずさらけ出すことで、彼女はコーチのウィム・フィセッテらとの信頼関係を、確立してきたと言う。今回の決勝を控えた時も、優勝への最大のモチベーションは「チームのみんなのため」だと明言した。

 そしてそれらは、フィセッテと顔を合わせたばかりの1年前には、欠けていたエッセンスだという。

「1年前の私は、彼の前に出ると緊張してあまり話せなかった」

 “プロフェッサー”と呼んでいたコーチとの関係性を、大坂はそう回想する。

「彼女にどう接すれば良いのか手探りだった。試合前の彼女には、あまり話しかけない方が良いのかと思っていた」

 教授と呼ばれるコーチも、素直に打ち明ける。距離感を測りかねていたのは、お互い様だった。
 
 苦しさを吐き出せぬ孤独な戦いを続けていた1年前の全豪で、彼女は3回戦で敗退する。相手は、当時15歳のコリ・ガウフ。自身と多くの共通点を持ち、姉のような親愛を公にしてきた後進に喫した敗戦は、「今も悲しい記憶として燻っている」ほどの傷を心に残した。

 その痛みを抱えて迎えたフェドカップでは、ランキングでは大きく下回るサラ・ソリベストルモに、0−6、3−6の完敗。涙にくれ、「全てを失った」と感じるのほどの、失意のどん底に突き落とされた。

 その大坂にフィセッテは、「こんなことで、全てを失うはずがない」と、強く説いたという。その頃から2人は胸襟を開き、互いの思いや本質を徐々にさらけ出すようになる。
 「けっこうウィムはおっちょこちょいだし、変なジョークも言うの。試合でノートを取り続けている姿に騙されちゃだめよ」

 茶目っ気たっぷりに大坂が笑えば、コーチは「もう僕のことを“プロフェッサー”とは呼んではくれないよ。ただの“ウィム”さ」と苦笑いした。
  
 会見等で、コロナ禍によるツアー中断の間に起きた最大の変化は何かと問われるたび、大坂は「精神的な成長」だと答え、その理由を次のように説明してきた。

「他者に本当に自分を見せるようにし、そうしたら周囲の人も私に本心を見せ、良い影響を及ぼしてくれるようになった」。

 全てを失ったと思った、スペインでの敗北から1年――。8月のツアー再開後、彼女は21試合戦い、ただの一度も負けていない。

 2年前には、彼女を「怖がらせた」ほどの“ロールモデル”の解釈も、今は少し変わっている。

「若い人がロールモデルを選ぼうとした時、それになりうるテニス選手が、世界には500人は居る。もちろん、子どもたちが私のことを好きだと言い、私の試合を見て応援してくれることは、本当に光栄だと思っている。

 でも同時に、そのことをあまり重く捉えすぎないようにしているの。だって私は、まだ人間として成長過程にいる。だから出来ることなら、私をロールモデルと見る子どもたちと一緒に、成長していきたいって願ってるの」

 そう言い優しく微笑む姿は、まさに「平穏」な心の様相を映していた。 

文●内田暁

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