ノーランキングからの再挑戦。もうひとりの“94年組”澤柳璃子が現役復帰を決意した理由〈SMASH〉

ノーランキングからの再挑戦。もうひとりの“94年組”澤柳璃子が現役復帰を決意した理由〈SMASH〉

一度引退した後の全日本選手権でも、18年準優勝、19年ベスト16の成績を残した澤柳璃子。高いポテンシャルを持つだけに、気持ちに火が付けば再び世界を狙えるはずだ。写真:THE DIGEST写真部

3年前の3月――彼女は、23歳だった。

 ことさら声を大にして、周囲に「引退」と宣言したわけではない。ただ彼女の中では、ひとつの明確な線は引かれていた。

 ジュニア時代から将来を嘱望されてきた澤柳璃子にとって、テニスプレーヤーとは「ツアーを転戦し、賞金を頂く」ことで生計を立てる人々だ。もっと言えば、ランキングでトップ100に入り、グランドスラムで活躍する……それが、彼女が夢見て目指した「プロ」の世界だった。

 だが23歳を迎えた時点で、彼女の最高ランキングは、2015年末に記録した178位。キャリアの大半をITF(国際テニス連盟)の下部大会で過ごし、グランドスラム本戦は、単複いずれも出られてはいなかった。

 さらに、彼女の焦燥に拍車を掛けたのが、1994年生まれの同期選手の躍進だ。日比野菜緒は既に単複でツアー優勝し、穂積絵莉や二宮真琴、加藤未唯らは、ダブルスでグランドスラム上位進出を果たしている。

 置いていかれている……と、心が急いても不思議ではない。

 それでも、焦りや悔しさを覚えているうちは、まだ良かった。澤柳が、真に「ここが自分の限界かも」と感じたのは、友人でもある同期たちの活躍に、「すごい、おめでとう!」と純粋に思えた時だったという。
 「悔しいと感じていない。その気持がなくなっているということは、闘争心がなくなっているのかな……」

 自分を信じ切れなくなり、そんな中途半端な気持ちでコートに立つ自分を、許すこともできなかった。

「スポンサーさんや、応援してくれている人たちにも申し訳ない」

 そう感じた彼女は契約先に出向き、お礼とともに事実上の引退を告げる。2018年3月末のことだった。

 ツアーから離れたことで、当然ながら日々の暮らしは変化する。それでも澤柳の生活から、テニスが消えることはなかった。「テニスが嫌になったわけでは、全くなかった」と断言する彼女は、知人の勧めもあり、同年の夏から高校のテニス部のコーチを始める。

 2019年の夏にはウイルソン社と“業務委託契約”を結び、試打会やイベント等で、一般のユーザーやテニス愛好家とボールを打つ機会も増えた。さらに翌年には、大学を卒業し本格的にツアーを回り始めた米原実令のコーチにもなり、練習はもちろん遠征もともにする。

 それらの多彩な経験を通じるなかで、彼女はふと、考え方や視野、さらには技術面でも、幅が広がっている自分に気付いた。
  高校生や一般ユーザーと打つ時には、基本に立ち返り、ボールにきれいな回転をかけることを心掛ける。するとフォアハンドの感覚が、良くなっているように感じられた。

 コーチとして、選手に「プランAがうまくいかない時は、プランBに切り替えよう」「自分の得意なショットの調子が良くない時は、相手が嫌がるボールを打とう」と助言するうち、自分も時折試合をする時、その言葉を体現できるようになってくる。

 以前のように、「自分の打ちたいショット、得意なパターン」に拘泥することがなくなっていた。相手の弱点や心の動きも、よく見えている。

「今の自分のこの状態で、もう一度、ツアーに挑戦してみたら、どんな感じになるんだろう?」

 昨年の夏頃、心の浮かんだその思いは、日が経つにつれ膨らんでいく。自分の現在地を知るためにも、昨年末の日本リーグに出場し答えを出すつもりでいたが、その日本リーグが中止になった時にも、世界の舞台で自分を試したいとの渇望が消えることはなかった。

 再びツアーに戻ろう、もう一度グランドスラムの夢を追ってみよう――年が改まった頃には、心はすでに決まっていた。
 「ツアーの大変さはわかっているつもりですし、そこに飛び込んで結果を出すのは、並大抵の覚悟ではできないと思っています」と彼女は言う。再びつらいことも待っているだろうが、だがその怖さよりも、「楽しみだしワクワクしている」気持ちが、今は上回っているとも言う。

「3年前よりも良い舞台で戦いたいという気持ちが、すごく強くて!」

 その願いの実現に向け、彼女は3月中旬に、エジプトへと旅立った。

 ランキングはない。まずは、最もグレードの低いITF大会(W15)の出場を目指すが、今はランキング上位の選手も試合を求め下部大会に出場するため、予選のリストにも入れていない。それでも彼女は、予選出場権を懸けたプレ予選に出るため、まずは現地入りをする。

「とりあえず大会会場に行って、雰囲気も久々に味わって、いろんなことも楽しめるように。いろんな選手と練習もできるだろうし、それでプレ予選に入れたらラッキーくらいの意気込みで、まずは乗り込んでやろうかなと!」

 ツアーを回っていた20歳前後の澤柳は、あまり笑顔を見せず、他者を寄せ付けない張り詰めた空気をまとっていた。だがそれも、実は「テニス選手とは、そうあるべき」と、どこか無理して被っていた仮面。

 今の、楽しそうに、何か仕掛けてやろうとイタズラっぽい笑みを浮かべてコートに立つ彼女には、「乗り込んでやろう!」という威勢の良い言葉が、よく似合う。

取材・文●内田暁

【PHOTO】大坂、錦織、日比野ら、全豪オープンに挑む日本人選手を特集!
 

関連記事(外部サイト)

  • 記事にコメントを書いてみませんか?