ひどい虐待を受けてもなお人を信じて生きた子猫の話

ひどい虐待を受けてもなお人を信じて生きた子猫の話

画像提供:黒猫堂さん(@meganeblackcat)

 虐待された瀕死の猫を拾った話……。この出来事が、漫画として紹介され、見た人の心に様々なことを問いかけています。

 それは10年前の6月はじめに起きた出来事。この漫画の作者でありツイッターユーザーの黒猫堂さんが、ある日道で掃除をしていたおばさんから、こう声をかけられました。「ねぇ、ちょっと来て!これどうしよう」

 そこにいたのは、ゴミや吸い殻にまみれ、びしょ濡れになった黒い子猫。「こんなの捨てられても困るのよねぇ。生ゴミで出していいのかしら?」こうおばさんは続けます。子猫はほうきでつつかれても動くことはなく、死んでいるよう。

 しかし、その雑な扱いにいらだちを感じた黒猫堂さんは、「埋めてくるからほっといて!」と、子猫をゴミの中から抱き上げようとしました。すると突然「みゃぁっ」という鳴き声が。死んでいると思っていたその子猫は、なんとか生きていたのでした。

 黒猫堂さんの足に必死にしがみつく子猫。「やめなさい!どうせ飼わないでしょ?無責任に手を出してはいけないの!」と叫ぶおばさん。これに「飼うよ!」と啖呵を切り、その場にあったマックの紙袋に猫を入れて、動物病院へと車を走らせたのでした。

 到着して、獣医に即診察してもらうと、子猫に起きたさまざまなことがわかってきました。目にコーヒーが入っていたことから、目薬は出すけれども「もう見えないかもしれない」ということ。さらに、ヒゲは焼かれ、尻尾も切られて骨が見えている状態だということも……。

 獣医はこう語ります。「誰かが虐待したんだろう」「もって3日くらいかもしれない」。

 一通り治療をおえて子猫とともに帰宅した黒猫堂さん。湯たんぽをいれ、ふかふかな場所に寝かせ、少しずつ少しずつ流動食と薬をスポイトであたえつづけました……。すると、医者の予想を良い意味で裏切り、一か月後には自由にできるほど回復。「マメ」というかわいい名前もつけられました。

 目は開かない、声はかれているけど、懸命に生きるマメ。しばらくして、他に飼っている猫とも一緒にしてみようとしたところ、耳は聞こえるのか、気配を感じるのか、ちょうど同じ頃にもらってきた黒猫の女の子「なす」にくっついていったのでした。なすはちょっと困った様子だったけど、その暖かさに甘えるマメ。ぴとっとくっついて安心している様子。

 それからの日々は穏やかで、黒猫堂さんが外出先から帰宅すると、お出迎えしてくれたり、足にくっついてくれたり、一緒に寝たり。なすとも、まるで本当の姉弟のような仲むつまじいようすだったそうです。

 そんな保護からしばらくした7月の終わりころ、突然マメがパタッと倒れ込んでしまったのでした。この容態急変に、慌てて病院へ連れて行くも「残念だけど、今夜がヤマでしょう。もう体温も低い」という医者の言葉が……。

 マメはその夜、出会った時と同じように大きな声で「みゃぁ!!」とひと声、鳴き声をあげ逝ってしまいました。その小さな体で、人間にひどい仕打ちを受けて目も見えなくなっていただろうマメは、懸命に生き抜いて、それでも黒猫堂さんを信じてその短い生涯を閉じたのでした。

 それから10年の時を経て、「酷い目にあったのに人間を嫌いにならなかった小さい命があったことを知ってほしいし、忘れないでほしい」という黒猫堂さんの言葉とともに、この漫画はツイッターで拡散され、人々の目に留まることに。

 多くの人は、弱く小さな命に対するむごい虐待に対し憤りを表し、そして助けた黒猫堂さんの行動をたたえ、涙したのでした。そして、「黒猫堂さんとナスちゃんに出会うことによって魂は救われたと思いたいです」「マメちゃん黒猫堂さんに出会わなければ、無残な事になってしまっていたところを助けていただいて猫さんらしく虹の橋へ旅立ったのだと思います」「マメちゃん、きっと幸せだったと思います。短いけれど、精一杯生きたと思います。最後に愛されて良かった」といった、マメを想う人たちも……。

■ 虐待という「犯罪」は未だ減らず……

 警察庁がまとめた「平成30年における生活経済事犯の検挙状況等について」を見ると、動物虐待事犯は平成29年で検挙事件数68事件、検挙人員は76人だったのに対し、平成30年では検挙事件数84事件、検挙人員94人と増加。ここ数年、検挙されただけでも増加の一途をたどっており、黒猫堂さんのように検挙されずに助けられた例も含めると、この数字はほんの氷山の一角かもしれません。

 犯罪が弱者をターゲットにされるのと同様に、人よりも弱い動物もまた、虐待という犯罪のターゲットにされやすいのです。犯罪に走る人の心の闇は分かり合う事が出来ないかもしれませんし、分かりたくもない、という人も多くいると思います。弱くても尊い命を、ただ心の闇に突き動かされていたぶるという行為は、多くの人には分かりえない、許しがたい行為です。

 ただ、虐待に走る人の心の闇はいったいどこから来るのか……。それまでの生い立ちから来るものなのか、ストレスなどで追い詰められた状態であるのか。こういったものがあったとしても、命をサンドバッグのように扱う、むごい行動は許されるものではありません。こうした行動に走る人は、自分の事も大事に出来ていない人が多いと言います。

 弱い者いじめという犯罪を減らすために、私たちは何ができるのか。ただ憤るだけではなく、犯罪を犯す人に対する、精神的な救済も必要なのではないでしょうか。虐待をただ糾弾するだけでなく、虐待を起こす人の心を救済し、未然に犯罪を防ぐ……。きれいごとを言っていると思われそうですが、根本的に犯罪を減らすためには、心に傷を負っている人の傷の手当てが必要ではないかと思います。

 ストレスの強い、生きづらさを感じるこの社会で、一番必要な事は何か。一人ひとりが考えるべきことなのではないでしょうか。

<引用・参考>
警察庁 「平成30年における生活経済事犯の検挙状況等について」(PDF)

<記事化協力>
黒猫堂さん(@meganeblackcat)

(梓川みいな)

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