オーティコン補聴器が聴覚ケアのあるべき姿を考える国際シンポジウム2019を開催

オーティコン補聴器が聴覚ケアのあるべき姿を考える国際シンポジウム2019を開催

「オーティコン プレスカンファレンス 2019」。聴覚神経科学のエキスパートであるアヌ・シャルマー博士らによる聴覚ケアの最新動向に関する発表が行われた

 社会の高齢化に伴い、難聴などの聞こえに関する悩みをもつ人は増えている。難聴は日本だけでなく、先進国を中心に世界全体で共通の問題だ。世界的な補聴器メーカーであるオーティコン補聴器は、6月6日の補聴器の日を記念し、「オーティコン国際シンポジウム2019」を開催。聴覚ケアに関わる耳鼻咽喉科医をはじめとした医療従事者、教育関係者、補聴器専門家、当事者団体など国内外の有識者を招き、聴覚ケアのあるべき姿についてディスカッションを行った。それに先立つ5月31日には、メディア向けに「オーティコン プレスカンファレンス 2019」を開催。聴覚神経科学のエキスパートであるアヌ・シャルマー博士により、聴覚ケアの最新動向や博士の最新の研究結果が発表された。
●難聴に伴う損失額は80兆円 医療は“治療”から“予防”へ
 2015年の世界全人口に占める65歳以上の割合は8.3%(6.1億人)だが、2050年には15.3%(15.5億人)まで増加する―― オーティコン補聴器の木下聡プレジデントはプレスカンファレンスの冒頭で、これからいかに急速に高齢化が加速するかを具体的な数値で説明した。
 高齢化に比例して増加するのが、難聴者人口だ。難聴は生活に不便が出たり、他の疾患を誘発したりと、放置できない個人レベルの問題と思われがちだが、実は社会的な損失も大きい。WHOが2017年に発表したレポートによると、難聴によって医療費にかかる直接的損失、失業・早期退職などの間接的損失、コミュニケーションが阻害されることによる社会的損失などが生じ、全ての損失額を合計すると世界全体で約80兆円にも上るそうだ。
 木下プレジデントは「こうした損失を未然に防ぐためにも、医療は治療から診断・予防にシフトしていくはずだ。効果ある介入として、スクリーニング(聴覚のチェック)や補聴器・人工聴覚器の装用の需要は伸びていくだろう」と将来の医療のあり方を示した。
 一方、こうした避けられない社会構造の変化があるにもかかわらず、日本は補聴器の普及率や満足度が世界ワーストクラスという実態がある。普及率は14.0%、満足率は36.0%と世界各国と比較して著しく低い。理由はさまざまに考えられるが、そのうちの一因として「聴覚に関する専門性を備えたプロが少ないこと」があげられる。補聴器の認知度や作成時のカウンセリング・フィッティング、装用後のリハビリなどの質は専門高等教育を受けたプロが介在しているかによっても変わってくる。
 木下プレジデントは日本の聴覚ケアの現状を改善するために「聴覚ロスがもたらす影響の深刻さを受け止める。最先端の聴覚ヘルスケアを維持するための専門教育を受けたプロを増やす。デジタル技術を活用した聴覚リハビリテーションの仕組みと提供体制を整える」と三つの要素を提言。同社は今夏には言語聴覚士を目指す学生の支援を目的とした「オーティコン補聴器 みみともサマーキャンプ」の開催を予定するなど、現状改善に向けた積極的な取り組みを始めている。
●難聴で脳内ネットワークが変化? 言語理解や記憶の機能に弊害も
 人間の聴覚と脳の関係に関しては、いまだ未知な部分が多いといえる。しかしながら、近年、難聴と脳内ネットワークの再編成の関係が最新の研究で明らかになってきている。この分野で重要な研究結果を発表したのは、コロラド大学ボルダー校言語聴覚学科の教授であり、認知科学研究所および神経科学センター特別研究員のアヌ・シャルマー博士だ。
 シャルマー博士の研究で、難聴の程度がまだ軽い難聴初期の段階からすでに脳内ネットワークの変化が始まっているという事実が明らかになった。難聴初期段階における脳内ネットワークの変化の枠組みを以下のように説明する。
 加齢により軽度・中等度難聴になると十分な聴覚情報が脳に入ってこなくなり、会話を理解する際に脳に負担をしいることになる。この負担を補うために、側頭葉の聴覚情報を処理していた領域は視覚情報の処理に使用され(「クロスモーダル再編成」と呼ばれる)、言葉を理解するために、視覚に依存する傾向が強くなる。また、思考・行動制御やワーキングメモリに関係する前頭葉も活性化し、経験や知識で難聴による脳の負担を補おうとするが、このことは聞き取りに労力が使用されていることを示唆している。
 多くの脳の資源が“聞く”ことに集中した結果、聴覚を通じての言葉の理解や会話内容を記憶するといった重要な作業に脳の資源をまわすことが難しくなる。加齢による初期の軽度・中等度難聴者の認知機能を調べてみると、健聴者よりも認知機能が低下していたことが判明した。難聴により脳内ネットワークが変化し、残存している認知機能にも影響を与えている可能性も示唆している。
 では、どうすればこの現象を防ぐことができるのか。シャルマー博士は有効手段として補聴器の早期装用をあげる。難聴による脳の変化は難聴発症後3か月ですでに起こっていることが報告されており、実際に加齢による軽度・中等度難聴者を対象にした研究では、6か月の補聴器装用によって、難聴により変化した脳が元の状態に戻り、認知機能も向上し、うつ症状の軽減傾向も見られたという。
 同氏は「適正にフィッティングされた補聴器装用と適切な早期介入は、正常な皮質ネットワークを回復、認知成果と社会的感情機能の向上、さらにはQOL(クオリティ・オブ・ライフ )の向上にも役立つ」と、早期補聴器装用によりもたらされる恩恵を列挙した。
●アプローチするのは“脳” テクノロジーが補聴器を一新
 オーティコンのデンマーク本社から来日した応用聴覚研究センターのトーマス・ベーレンス オーディオロジー主幹も「聴覚ケアはQOLを向上しうるヘルスケアである」という立場で一致する。ベーレンス氏によると「難聴による健康問題は認知機能の低下だけではない。社会活動からの離脱やうつ病などの原因にもなりうる」そうだ。
 同社の補聴器には「ブレインヒアリング」という脳から聞こえを考えるアプローチにより補聴器開発をする考えが根幹にある。例えば、新たに発売されるの「オープンS」に搭載しているベロックスSと呼ばれるチップは、超高速で周囲の声や環境音を分析解析し、脳が音を聞く働きをサポート。これにより、難聴によって阻害されがちな会話の理解や記憶に脳のリソースを確保することを手助けする。
 同社の調査によると、前世代のオープンと比較してさらに、言葉の理解は15%向上、聞くための努力は10%軽減、会話の覚えやすさは10%向上しているという(Juul Jensen 2019, Oticon Whitepaper)。「オープンS」は単に音が“聞こえる”のではなく“脳の聞く力をサポートする”という一歩先にゴールを設定している。
 プレスカンファレンスの会場にはVR技術を活用した健聴者が難聴者の置かれた環境を疑似体験できるスペースが設けられていた。聞こえにくい、ということは周囲から得られる情報が制限されるということ。普段の生活で想像しづらい難聴がもたらす不自由さや不安感、そうしたものをVRを通して体験することができた。
 オーティコン補聴器の取り組みを含めて、日本の聴覚ヘルスケアをあるべき姿に近づける試みは道半ば。しかし、難聴のメカニズムの解析、テクノロジーの進歩など、状況を改善させるための材料は着実に揃いつつある。あとは、いかにその理解を広げていくか。現在の日本の置かれた状況を考えると、その猶予はあまりないように思う。
(BCN・大蔵 大輔)

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