やくみつるの「シネマ小言主義」 大人も堪能できる、ダーク・ファンタジー 『怪物はささやく』

やくみつるの「シネマ小言主義」 大人も堪能できる、ダーク・ファンタジー 『怪物はささやく』

(提供:週刊実話)

 最初はハリー・ポッターみたいな少年をめぐるおとぎ話かと思い、“この年でファンタジーは少々ツライぞ…”と思って見始めたのですが、とんでもない。おのが心の深いところにずっしりと響いてくる、子供はもちろん、大人にも捧げられた映画でした。
 なんといっても圧倒的なのが映像美。丘の上の巨大な「イチイの木」が怪物となって動き出す実写シーン、そして彼が語る三つの物語のアニメーション。
 このアニメが、いいんです。アニメ大国日本とはいえ、絵のタッチの傾向は主に2通りしかなくて、一つは「ジブリ」系。もう一つは「君の名は」系でしょうか。
 本作のアニメの造形はそのどちらでもなく、まるで上質な絵本を見ているよう。実写映像の中に挟まっていてもスッと心に入ってきて違和感がありません。

 しかし、この映画、よりにもよって、少年の心の葛藤の元が、不治の病に侵された母親の存在。私事ながら、先日、母を亡くしたダメージと「ああしてやればよかった、こうしてやればよかった」と後悔に苛まれている日々のため、「イチイの木」の諭しが、ここにきてなお一層、心に痛く、染みてきます。
 自分の場合、父親はもう10年以上前に先に逝って1人残されていた母でした。ビートたけしさんがお母さんを亡くされたとき、人目も憚らず号泣されたと聞いていましたので、自分も取り乱すかなと思っていましたが、それがまったくなかった。臨終にも、出棺の際も一滴の涙も出ない。急なことで打ちひしがれてはいるんですよ。でも、自分でも驚くほど、血も涙もないのか、泣くという感情を忘れていました。むしろ「こんなに早く逝っちゃって…しょうがねぇなぁ。焼かれるったって怖くないから。大丈夫だから」と、怖がりだった母に心の中で言い聞かせていました。
 ところで、子供の頃から繰り返し見る夢がありまして、ドォーッと流れるオレンジ色の溶岩を近くで眺めている夢…。その夢を見るたび、ああこの光景、何度も見たと思うのですが、この主人公にとっての「イチイの怪物」も“少年の心が生んだ造形なのか…”と思っていたら、最後に思いがけない展開がありますので、お楽しみに。

 最後に、「イチイの木」ですけど、調べると2種類あるようです。「イチイ」というのは円錐形の常緑針葉樹で、アララギとも言われます。一方、この映画に出てくるこんもりとした樹形で、曲がりくねった幹の表面が薄皮となってはがれ落ちてくる木は「イチイガシ」。紛らわしいですね。

画像提供元:(C)2016 APACHES ENTERTAINMENT, SL; TELECINCO CINEMA, SAU; A MONSTER CALLS, AIE; PELICULAS LA TRINI, SLU.All rights reserved

■『怪物はささやく』監督/J・A・バヨナ
出演/ルイス・マクドゥーガル、フェリシティ・ジョーンズ、シガニー・ウィーバー、トビー・ケベル、リーアム・ニーソン

 配給/ギャガ TOHOシネマズ みゆき座他全国上映中。
 13歳の少年コナー(ルイス・マクドゥーガル)は、裏窓から教会の墓地が見える家で重病に侵された母親と暮らしている。ある日の夜。毎晩悪夢にうなされているコナーの前に樹木の姿をした怪物が現われ、これから3つの「真実の物語」を語っていくから、4つ目の物語をコナー自身が語るよう告げる。しかもその内容は、コナーが隠している「真実」でなければならないという。コナーは嫌がるが、怪物は夜ごと現われては物語を語りはじめる。

やくみつる:漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。『情報ライブ ミヤネ屋」(日本テレビ系)、『みんなのニュース』(フジテレビ系)レギュラー出演中。

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