本好きリビドー(166)

◎快楽の1冊
『蠕動で渉れ、汚泥の川を』 西村賢太 集英社 1600円(本体価格)

 憚りながら西村賢太氏の著書は、小説はもちろん日記やエッセイ、対談集まで含め単行本の段階で全冊、読破している。その筆者から言わせてもらえば、“一私小説書き”と自称されがちな氏ではあるが、西村作品はむしろ、基本的にピカレスク・ロマンだ。
 かつて同棲していた女性との日々を1エピソードごとに短篇化した一連の〔秋江もの〕の諸作にしても、中卒で家出後肉体労働に明け暮れる青春彷徨期を描いた先の長篇「疒の歌」(大傑作!)にせよそうだが、作家本人を投影した形の主人公、北町貫多は、酒と煙草と女にほとんど常に飢えている設定。少しでもよかれと現状を打開しようとする試みはひとたび成就しそうになる一歩手前で、わずかな思惑の違いと他者の些細な言動に貫多がブチ切れてことごとく台なしにしてしまう。その繰り返し。
 読者からすると(やるぞ…、またしでかすぞ…)と気がつけば口元を綻ばせつつ、さながら昔のドリフでいえば「志村ーッ、後ろーッ」と『全員集合!』の収録会場で叫んでいた子供のような心境でページをめくる運びとなる次第。
 本作でも貫多の性格と行状の手に負えなさっぷりは万端遺漏なく発揮されまくり。
 家賃滞納で宿なしになったところを住まわせてくれた勤め先の主人に内心徐々に牙を剥いてゆく過程、夜な夜なの盗み酒を指摘されての居直りと悪態のつき放題、さらに同僚の女子従業員に秘かに欲情し彼女の制服の股間の匂いを嗅ごうとしてその悪臭に悶絶する場面の描写など、語彙の選択にたっぷり5分間爆笑させられた。
 毎度無闇におどろおどろしいタイトルといい、寄席なら「待ってました!」と声を掛けたくなる名調子だ。
(居島一平/芸人)

【昇天の1冊】
 『肉バカ。No Meat,No Lifeを実践する男が語る和牛の至福』(集英社/1500円+税)は、この原稿を書いている日に発売された最新刊だ。
 著者の小池克臣さんは、青年漫画誌『ヤングジャンプ』(同)のWeb版『となりのヤングジャンプ』に連載されているグルメ漫画『和牛○○の小池さん』のモデルとなった方。年間200食以上、和牛だけを食べ歩く肉の求道者だ。
 その小池さんが焼き肉、ステーキ、すき焼きの名店を紹介するだけでなく、牛の生産者への独自取材や美味い肉の焼き方、さらにサーロインやロースだけではない希少部位の魅力まで、これでもかと徹底的に解説した肉・にく・ニクの本。しかも極上の肉の写真をふんだんに掲載しているため、一読しただけでヨダレが垂れてくるのである。
 こだわり方がとにかく半端じゃない。例えば、「師走は借金してでも肉を食え」「極上和牛に出会うための準備」など、常人には計り知れない情熱と知識が詰まっている。
 確かに極上肉ばかり食べていてはフトコロも寂しくなるだろうが、一芸に秀でるためには出費もいとわない生き様は見事という他なく、詳しすぎるウンチクは人生のすべてを肉に捧げたゆえの賜物といえる。
 また、日本3大和牛といわれる神戸牛、松阪牛、近江牛の探訪記も読み応え満点。「旨い肉は、小豆色」というのが小池氏の持論らしいが、では、具体的にどういう色なのか? 読めば肉の目利きに一歩近ずけるかも。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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