「ラグナロクオンラインに救われた」 引きこもりを経験した私が今、思うこと

「ラグナロクオンラインに救われた」 引きこもりを経験した私が今、思うこと

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川崎市の児童殺傷事件をきっかけに「引きこもり」をめぐる問題への社会的関心が高まる中、2019年6月1日に元農水事務次官が長男を殺害する事件が起きた。

この長男もまた引きこもり傾向にあったとされ、かつ生前はオンラインゲームに没頭していたことから、「引きこもり」と「ゲーム」を結びつけるような言説も、少なからず出ている。

こうした中、かつて自身も引きこもり状態となった経験を持ち、現在はライターとして活動する「ゆうむら」さんは、当時人気だったオンラインゲーム「ラグナロクオンライン」に「救われた」という。当時の体験と、現在の思いをつづってもらった。

「ブラック企業」から退職、引きこもる日々に

じっと画面を見つめ、素早くキーボードをたたき、マウスをクリックする。プロンテラの臨公広場でメンバーを募っては狩りに行き、別れ、また募る。夜になって社会人のギルメンがログインしたら、一緒になって狩りに行く。

そんなことを繰り返すだけの毎日に、不意に異変が生じることがある。

ドタドタドタドタ! と階段を駆け上がってくる音がして、自室の扉がバタン! と開かれる。

息を切らして現れた母親が、怒り狂いながら金切り声で何かをわめき始める。まったく日本語になっていないので、何を言っているのかはわからない。どうでもいいので適当にあしらって追い返し、再びパソコンの画面に集中する。

そう。これはかつて筆者が経験した、引きこもりオンラインゲーマーの日常である。

あの頃の筆者は、いわゆるブラック企業の過酷な労働により心身ともに完全に消耗し、退職を余儀なくされて引きこもっていた。

また仕事を探さなければいけないことは分かっている。それでもまったく立ち上がる気力が湧き上がってこない。壊れてしまった心と体が元に戻るには時間がかかる。仮に動けるようになっても、働いたらまた壊れてしまうかもしれないという恐怖心を振り払うのはとても難しいことだった。

「もう、自分はダメかもしれない」人生に希望が見いだせず、自殺が日々脳裏をよぎる生活の中、唯一の救いとなっていたのが当時流行していたオンラインゲーム「ラグナロクオンライン」だった。

ゲームの中で出会った様々な人たち

始めた理由は覚えていない。最初は手あたり次第にプレイしていたゲームの1つという位置づけに過ぎなかったと思う。

あのゲームの中では本当に色々なことがあったのだが、一番良く覚えているのはゲームの中で出会った様々な人たちだ。

色々な職種の社会人がいたし、学生も大勢いた。主婦も多かったし、不登校の子にも何人か出会った記憶がある。当時の筆者同様に、ラグナロクオンラインだけが社会との接点として機能していた人は大勢いたのではないだろうか。

性別も違えば立場も考え方も何もかも違う。同じなのはただ「ラグナロクオンライン」というゲームが好きという一点のみで集まっている仲間たちとのたわいない会話は、ささくれだった筆者の心を少しずつではあったが確実に癒してくれた。

人と接する楽しさを存分に味わったことにより、筆者は再び立ち上がる力を得て、今はライターとして活動し、生活できるようになった。

オンラインゲームにはまり、人生を台無しにする人間もいるかもしれない。これを否定することは難しいが、筆者のように立ち直りのきっかけにした人間がいることも確かだ。

ゲームとは善ではなく、悪でもない。ただ、人生に楽しみをプラスするためのツールでしかなく、人を救うこともあれば、堕落させることもある。

――今は一方的にゲームを悪として給弾する声も多いが、こういった考えを持つ人間がいることも知ってほしいと思い、今回は思い切って筆を取りました。

ゲームが持つ、人の再生の可能性を少しでも知ってもらうことが出来れば、これに勝る喜びはありません。