山下真司が今語る「スクール☆ウォーズ」とラグビーW杯 「本物ってこういうことか...」明かす衝撃

山下真司が今語る「スクール☆ウォーズ」とラグビーW杯 「本物ってこういうことか...」明かす衝撃

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ドラマ「スクール☆ウォーズ」と聞いてピンとくる方は、おそらく50歳前後ではないだろうか。1975年(昭和50年)前後、当時の京都市立伏見工業高(現・京都工学院高)ラグビー部で起こった実話を元にしている。

窓ガラスは金属バットで割られ、バイクが廊下を走り回り、校内や部室にはタバコの吸い殻が散乱する...。そんな「京都一のワル」と呼ばれた集団の中へ飛び込んだ、ラグビー元日本代表の滝沢賢治先生(モデルは山口良治氏)役を俳優の山下真司さんが熱演。「泣き虫先生」と呼ばれながらも、生徒たちとの格闘と葛藤の中、わずか7年で「高校ラグビー日本一」に導いた奇跡のストーリーである。

山下さん33歳、実際の山口先生31歳...ちょうど同じ年代

山下さんは当時を振り返り、

「1984年放送、全26話だよね。それまで(制作した大映テレビで)2本ぐらい出ていたんですけど、今度は『スポ根もの』をやってみないか...と。しかも主役で。こちらとしては、断る理由もなかったですから」

当時、山下さんは33歳、実話の山口先生は31歳。同じ年代だったことで共感を覚えたという。

「私はアクションもやっていたんですけど、ラグビーということで、コンタクトもたくさんあるスポーツ。大変だな...っていう心配はありました。でも、実話に基づいて作られた感動のドラマだっていうことは聞いていましたので。奇跡が起きたっていうね。だから是非、やりたいなって」

テーマソングが流れるオープニングシーン。黒バックの中で、山下さんが外国人選手にタックルする。実は、極秘に練習をして臨んだのだそうだ。

名門・明治大ラグビー部に出稽古して

「アクションはやっていたけど、初めてタックルをするシーンを撮りました。しかも相手は米軍でアメフトをやっている方で。それで1日、明大ラグビー部に教わりに行ったんですよ。選手から『もものあたりを、抱えて止めろ』って言われて。そんなアクションなんて、やったことないじゃないですか(笑)。本当にもう、無我夢中でしたよ。そのドラマが、こんなに有名になるっていう想像もつかなかったし、思ってもいなかった」

またドラマの撮影中には実際、伏見工のビデオを借り、みんなで研究したそうだ。

「どういう精神状態で、どんな目つきになってやるんだろう。実際のビデオを見たら、全然違いました。ああ、本物ってこういうことか...と」

その結果が、山下さん演じる「滝沢先生」の感動の涙を呼んだ。

「俳優ですから。泣くこと自体は、そんなに...ね。でも、最初は『目薬を用意する』というような話だったんだけれど、スポーツの感動モノは、目薬を指して、泣きマネする方が難しいんですよ。最初は苦労したんだけど、だんだん、泣かなくてもいいのに自然と涙が出てくるようになっちゃって。台本には書いていなくても、自然に涙が流れてくる。それが本当の涙かな...って。それまでは泣くために努力して泣いていたんだけど、本当に心の奥から出てくる涙、これが本当の涙なんだな...と」

本物の山口先生が、山下さん演じる「滝沢先生」に入り込んだ瞬間だったのだろう。

ラグビーW杯「ベスト8には入れるはず!」

何度か、山口先生にも会ったことがあるという山下さんは、

「山口先生の、教師としての『器の大きさ』ですよね。人間を育てた監督でもあり、教師でもある。人の道っていうか、そういった方に育てられて、(教え子で2016年に亡くなった)平尾誠二さんも日本代表監督にもなられた。時代を代表する人材が生まれたのは、山口先生の『愛』があったからですよ。例えは変かもしれないけれど、吉田松陰みたいな、時代を変える才能を開花させたというか。そういう偉大な先生が少なくなっている。単なるお金儲けとかじゃなくて。すごいですよね」

9月に開幕するラグビーW杯。プライベートでもラグビーを観戦するという山下さんは、

「次に(自国)開催されるのはもっと先でしょ? 時差なしに見られる今回の日本開催って、最高です。まずは(初戦の)ロシア戦は『マスト』で勝ってほしい。今、日本代表はインターナショナルなチームになっているので、ベスト8には入れるはずです!」

余談だが、1974年(昭和49年)生まれの記者は、周囲の勧めで小学3年からラグビーを始めた。当初は「痛くて、しんどくて、ジャージは臭くてドロドロになって、先生は厳しくて、なかなか上手にならなくて」と思って「いつ、辞めてやろうか...」と考えていた。

そんな時に出会ったドラマが「スクール☆ウォーズ」だった。あのドラマがなければ、ラグビーを続けてはいなかっただろう。

「滝沢先生」こと山下さん、最高の「道標」をありがとうございます。

(J-CASTニュース編集部 山田大介)