生きた細胞膜をナノスケールで直接観察する手法を開発 - ORNL

生きた細胞膜をナノスケールで直接観察する手法を開発 - ORNL

画像提供:マイナビニュース

米国オークリッジ国立研究所(ORNL)の研究チームは、生きた状態の細胞膜をナノスケールで直接観察できる手法を開発した。観察対象に中性子を当てたときに起こる散乱・回折現象をもとに物質構造の情報を得る中性子散乱法を用いる。細胞膜は細胞が機能する上で重要な意味をもっており、その詳細な解析を行える手法が必要とされていた。今回の成果によって、細胞膜と薬物、生体燃料、抗体などとの相互作用についても解明が進むことが期待されている。研究論文は、オープンアクセス論文誌「PLoS Biology」に掲載された。

細胞膜は、二層に分かれた脂質分子によって構成された脂質二重膜であり、膜の内部には、細胞の内側と外側をつなぐチャネルの役割を果たす膜タンパク質などが埋め込まれている。膜を構成する脂質分子については、膜内にランダムに存在しているとする説と、脂質分子が組織化されて何らかのグループが形成されており、細胞間の信号伝達などの機能を担っているとする説があり、これまで議論が分かれていた。

光学顕微鏡による観察では分解能が足りず、電子顕微鏡などのナノスケールの観察手法では生きた細胞にダメージを与えてしまう。中性子散乱を用いると細胞にダメージを与えずにナノスケールの観察ができるが、こちらはこちらで問題があった。

まず第一に、タンパク質やDNA、RNA、炭水化物といった他の細胞構成要素との相互作用をキャンセルして脂質分子の情報だけを取り出すのが難しいという点。さらに、脂質分子が膜内で組織化しているかどうかを調べるためには、ある型の脂質分子を別の型の脂質分子から見分ける必要があり、これも難しかった。

研究チームは今回この問題を解決し、細胞膜の脂質分子が実際に組織化されていることを中性子散乱法によって確認することに成功した。

具体的には、水素の同位体である重水素を利用する。普通の水素は原子核に陽子1個だけをもつが、重水素の原子核は陽子と中性子を1個ずつもつ。この違いは生体細胞にとってはほとんど区別されないが、中性子散乱法で観察したときには、水素では中性子散乱が起こるのに対して、重水素ではほとんど散乱が起きないため、はっきりした違いとなって見える。

実験では、最初に、細胞の成分として重水素を十分に含んだ細菌株を用意する。細胞膜以外の細胞構成要素は重水素リッチな状態であり、中性子散乱法ではバックグラウンドとして処理できる。ここで、ペンタデカン酸とヘキサデカン酸という2種類の脂肪酸を細胞に与える。このときペンタデカン酸とヘキサデカン酸では水素と重水素の成分比を変えておく。2種の脂肪酸が区別されずに細胞膜の材料として取り込まれ、ランダムに使われるならば、中性子散乱法で観察したときには細胞膜全体で水素と重水素が均質に混ざった状態に見えるはずである。

一方、同種の脂肪酸同士が集まって細胞膜内で組織化されている場合には、重水素が濃い領域と薄い領域ができると考えられる。このような条件で実際に実験観察してみると、不均質なまだら模様の水素/重水素分布が確認できた。膜厚2.4nmの細胞膜の表面に40nm以下のサイズのまだら模様が観察されたという。研究チームはこのことから細胞膜内で脂質分子の組織化が起こっていると結論した。

結晶解析などの分野では、中性子散乱・回折で重水素化を利用するのはよく知られた方法ではある。しかし「生物学者の専門分野ではないため、生きた細胞の研究には使われてこなかった」と研究チームはコメントしている。また、重水素を一種のマーカーとして用いる今回の手法は、中性子散乱法だけでなく、核磁気共鳴分光法(NMR)など他の分析手法にも応用できる可能性もあり、生体細胞の研究に新たな可能性を開くものであると研究チームは強調している。
(荒井聡)

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