巨人Intelに挑め! ? 最終章:インテルとの法廷闘争、その裏側 (18) AMD、インテル相手の民事訴訟手続きに入る

巨人Intelに挑め! ? 最終章:インテルとの法廷闘争、その裏側 (18) AMD、インテル相手の民事訴訟手続きに入る

画像提供:マイナビニュース

○インテルが公取委の排除勧告を応諾

さて、話を元に戻そう。本連載の第13回にて、インテルに公正取引委員会の強制調査が行われ、その約1年後、インテルが独占禁止法違反行為を行ったことを断定する排除勧告が出されたところまで書いた。排除勧告が出されると、制度的にはその内容を認めて"応諾"し、是正処置をとるか、内容に不服とあれば、公正取引委員会(公取委)を相手の特別裁判となる。インテルは排除勧告が出ると間もなく、「違反行為とされる事業活動はやっていないが、顧客への影響を考えて応諾する」と非常に短いリリースを発表した。その後、違反行為の再発がないように従業員への啓蒙トレーニングを実施し、その結果を公取委に提出したことになっているが、そもそも違反行為を認めていないのにどういう"啓蒙"トレーニングをやったのか、ということはいまだに謎のままである。

日本の公取委は悪質なカルテルのようなケースでは、行政指導が入ることもあるが、このインテルのケースでは、結局インテルがPR的にダメージを被っただけで終わってしまったのだと思う。しかし、この日本の公取委の勧告により、インテルに対する日本以外の当局の目は厳しくなったと言わざるを得ない。各々の国の法律も違うので、各国の独禁当局の間で資料提供などの協力をするようなことはしないが、日本の公取委が、そのケースの構成要件に日本の企業が直接かかわっていない(排除勧告で述べられているのはインテルとその競合のAMDとトランスメタだけである)のにも拘らず、あえてインテルのケースを取り上げたことにはかなりインパクトがあった。ほどなくして、韓国の公取委もインテルに対し強制調査を行い、また長年インテルを調査していたヨーロッパのEC委員会も、しばらく休止していた調査を再開した。このころEC委員会は長年調査してきたマイクロソフトのヨーロッパ市場における独占的商行為について、約5億ユーロという巨額の制裁金を課すことを決定したばかりだった。米国を除く主要国の独占当局の動きは、市場でのインテルが行き過ぎた商行為をしていることを明らかに物語っていた。この状況を受けてAMDの取締役会はインテルを相手取って損害賠償を求める民事訴訟を決断した。この時のボード・ミーティングについては本連載の第12回(「極秘プロジェクト"スリング・ショット"誕生秘話」)に書いたとおりである。

我々はすぐさま損害賠償の訴訟準備に取り掛かった。損害賠償請求の民事訴訟のためにまず必要なのは訴状である。私は生まれて初めて訴状の作成に関わった。とはいっても、まったくの素人である私が訴状を書くのではもちろんない。民事訴訟は米国と日本でやることとなり、私のような各国の営業・マーケティングのキーマンとAMD社内の弁護士、と日米の弁護士事務所のタッグチームが組まれることとなった。

○弁護士との仕事の経験

私はAMDでいろいろな経験をしたが、スリングショット・プロジェクトでの弁護士との仕事の経験は明らかに他のものとは異質であり、必ずしも私自身が望んだものではないとしても、その後の私の成長に大きく影響を与えたと思っている。私が関わっていたのは当時としては前代未聞の大規模の民事訴訟ケースであり、もとより法律の知識がない私にとっては毎日が勉強であった。このケースでユニークな点は次の通りだ。

法律体系のまったく違う日米で同時にインテル相手に損害賠償訴訟を起こすことになるが、双方の整合性はきちんと取らなければならない。
勝手に民事訴訟を起こすだけでなく、当局の動きが関係してくるのでこれとも整合性をとる必要がある。しかも日本の公取委はいち早く"インテルに違法行為あり"の判断を下しており、各国がその後の成り行きを関心を持って見ている。
社内弁護士チームとは別に、外部の弁護士事務所がアポイントされた。もちろん米国の弁護士事務所と日本では違う事務所ではあるが、どちらも敏腕弁護士をずらりとそろえた、業界きってのやり手事務所である。
当たり前の話だが、米国の事務所とのやり取りは英語で、日本の事務所とのやり取りは日本語で、英語、日本語の膨大な書類が毎日行き交う。毎週行っていた日米の電話会議にはこれらの弁護士事務所の人間も参加するようになり、回数は週2回、3回と増えてゆく。私は法律用語の和英・英和辞典に首っ引きになった。
内容が内容だけに、日本AMDにおいては私と私の秘書の2人だけの極秘の活動であった。

双方の法律体系の理解、訴訟戦略の策定、証拠となる資料の収集、関係者への聞き取りなど、やらなければならいいことが山ほどあった。これら山済みの仕事を日米の弁護士事務所がおどろくべきスピードでどんどんこなしてゆく。私は日米の両方の弁護士事務所とかなり密に仕事をすることとなったが、これら弁護士たちの優秀さは半端ではなかった。日本の事務所で中心となって働いてくれた新進気鋭の若い弁護士は飛びきり頭がよかった。先生は(業界では弁護士のことは先生と呼ぶのが慣わしである)、東大で物理学の修士課程を終わった後で、法学部に入りなおし、司法試験を一発で合格という、超優秀ではあるがちょっと変り種だった。あまりに頭の回転が速いので、私は電話での会話などで苦労したことが何度かある。先生が電話での用件を淀みなく話した後で、大量の情報を瞬時に理解できなかった私は、おずおずと「先生、さっきおっしゃっていたXXはZZということで理解してよろしいでしょうか?」と聞くと、先生は「それではもう一度申し上げますね」と言ってまた淀みなくまるで録音再生のように同じ話が出てくる。

物腰は丁寧でまったく嫌味がないが、先生の脳のCPUが1GHzで動作しているとすれば、私のほうは100MHzくらいの能力なのは明らかで、何度か惨めな気持ちにもなった。ずば抜けた明晰さ以外に弁護士たちに共通していたのは正義感と自尊心(エゴ)である。法律を犯すものに立ち向かうのであるから、正義感は容易に理解できるが、多くの弁護士が自分の考えを通そうとする強い自尊心を持っていて、特に日米の弁護事務所間での訴訟戦略の方向性で議論ではいろとぶつかることが多かった。ともに譲らない日米の先生方の間に入って調整役を果たした私の役割は、かなり重要であったと1人で思っている。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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(吉川明日論)

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