巨人Intelに挑め! ? 最終章:インテルとの法廷闘争、その裏側 (19) AMD本社のホームページに掲載された訴状

巨人Intelに挑め! ? 最終章:インテルとの法廷闘争、その裏側 (19) AMD本社のホームページに掲載された訴状

画像提供:マイナビニュース

○訴状の作成に毎晩徹夜作業の弁護士事務所

以前に米国における民事訴訟のプロセスについて書いた通り(ご参照、「米国の民事訴訟の特徴:ディスカバリー」)、AMDとインテルは、双方が裁判に使われる証拠の収集(ディスカバリー:証拠開示手続き)と供述調書の作成に躍起になっていた。何しろ"ディスカバリー"というプロセスは、お互いのサーバーにある何年間もの社内メールをお互いが包み隠さず開示し合うのだからかなり強烈である。これらの文書は供述の際に証人として呼ばれる双方の社員と双方の弁護士しか目にすることはできない。コピー、メモ類は許されないので、もちろんここでご披露することなどはできないが、私は私自身が証人として呼ばれた以外に、裁判全体にかかわる立場上他の証人に関する文書もかなり見る機会があった。自分が出席した社内のミーティングの議事録や顧客訪問記録など、過去に自分で書いておいてすっかり忘れていたものなどが供述の際に日付、出席者名、題目なども当時のままですっかり目の前に提出される。しかも通常なら絶対に目にすることのないインテル側の同種の文書も目にするのだからかなり生々しい(詳細については「証人尋問の思い出」ご参照)。

どこかの国のお役所忖度がらみのやり取りのように、"怪文書"などと言って白を切ることは絶対にできないのである。この辺が米国の徹底した合理性のすばらしいところであろう。しかし、このすばらしいシステムには厄介な面もある。顧客訪問の記録などには当然顧客の名前がはっきり書かれている。しかも有力証拠となると、その会話のやり取りはかなりハイレベルの人間同士のものとなる。私はAMD、インテル双方の顧客である米国の名だたるPC、サーバーメーカーのCEOクラスがAMD、インテルの同レベルのクラスと会話している記録なども一部見たが、通常公開されることを想定していないそれらの記録にはかなりきわどい物も含まれている。しかも、これらの会話の中で重要証拠となる可能性があるものに関しては、供述のために裁判所の命令の元に双方の弁護士により顧客までが呼び出される事もある。インテルが独占的地位を濫用して有利な、あるいは排他的な条件を課したとしたら、顧客はエンドユーザー同様、被害者の立場なので法律的には問題はないが、競争排除的な条件でビジネスに合意したという事実は、顧客の立場に立ってみれば、他人に知られたくない事情である。顧客の側から言えば、「AMDが余計な裁判をやるからこんなことに付き合わされる。たまったものではない」、というのが正直な気持ちであろう。まさにこの点が、スリングショット・プロジェクトの一番の難しい部分であった。AMDとしても、「大切なお客さんを巻き込むのは本意ではないが、インテルが潰しにかかってくるのだから背に腹は代えられない」、というのが切実な状況だった。

膨大な量の文書と夜を徹する格闘の末にAMDは遂にインテルに対する訴状をまとめた。その内容はインテルの違反行為をカスタマー別に詳細までも記録した、全部で50ページにもなる長大なものとなった。しかも、AMDはこの文書を自社のホームページで公開した(基本的に公開文書であるのでこれ自体は問題ない)。スリングショット・プロジェクトが終了したあとも暫くAMDのホームページに掲載されていたが、現在のAMDのホームページには見つからない。ご興味のある方は、デラウェア地方裁判所のWebサイトなどを根気よく探せば見つかるかもしれない。

○日米の準備が整う中、AMDがATIを買収、市場ではOpteronが目覚ましい実績を上げる

日本の状況は、というと、米国のようにディスカバリーなどの便利な手続きはないので、全面的に立証責任を負う我々が揃えなければならなかった。決定的証拠と思われる公取委がインテル事務所への"がさ入れ"の結果収集した証拠文書は公取委の文書キャビネットの中に保管されているだけで、我々が証拠として使えるものではない。結果的に、過去の社内文書を徹底的に集めてビジネスの状況と一つひとつ関連付けてゆくしかない。結構骨の折れる仕事であった。

日米の民事訴訟への準備が着々と整う中、AMD本社では並行して大きな企業買収計画が進められていた。カナダの画像処理チップメーカーATI社の吸収合併である。CPUの性能が向上するにつれ、ユーザーのグラフィックスに対する要求もどんどん増していった。AMDはCPUでインテルと戦う上で、インテルの泣き所と言われていたグラフィクス処理の最先端技術をもったATIを買収することとなった。2006年7月のことであった。この買収は6000億円を超える大型M&Aであったが、後のAMDの製品戦略に大きな意味を持つこととなった。

K8コアのサーバー用CPU「Opteron」の進撃にも目覚しいものがあった。インテルはAMD64に対抗しようとほとんどAMDをコピーしたEM64Tで猛追したが、デュアルコアOpteronが発表されると、サーバー市場でのAMDの優位性は決定的になった。もはや、Opteronを使わないサーバーメーカーはデル・コンピューターのみとなり、デルはHPやIBMのOpteronベースのサーバーによって市場をどんどん浸食されていった。「インテル・オンリー」を公言してはばからなかったデルもエンドユーザーの要求を無視することはできずに、遂にAMDの顧客となった。スリングショット・プロジェクトもいよいよ最終段階を迎えた。巨人インテル相手の裁判である。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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(吉川明日論)

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