2016年「物理学賞」は誰の手に? 日本科学未来館がノーベル賞予想

2016年「物理学賞」は誰の手に? 日本科学未来館がノーベル賞予想

[写真]2016年物理学賞は誰の手に?(ロイター/アフロ)

 2016年のノーベル賞発表まで一週間を切りました。10月3日の生理学・医学賞を皮切りに、4日に物理学賞、5日は化学賞と自然科学3賞を発表。平和賞は7日、経済学賞は10日です。日本科学未来館では毎年、その年の自然科学系3賞を受賞するにふさわしいと思う研究テーマ・研究者を同館の科学コミュニケーターが各賞ごとに3つ紹介しています。

 今回、取り上げる物理学賞では、昨年はニュートリノの研究で、梶田隆章氏がカナダのアーサー・マクドナルド博士と共同受賞、一昨年は青色発光ダイオードの開発で、赤崎勇氏、天野浩氏、中村修二氏の3人が受賞するなど、日本人の受賞が続いています。今年はどうなるでしょうか?

“順番通り”なら今年は「物性分野」からか

 物理学は、その名前が示すとおり「物(もの)の理(ことわり)」を探っていく学問です。もう少しなじみのある言葉で使えば、「物質の性質や自然界の現象にかかわる普遍的な法則」を見出し、解明していく学問です。その分野は幅広いのですが、ノーベル物理学賞の対象範囲を説明するときには、以下の3つがあると説明しています。(1)物性:物質の示す物理的性質、(2)宇宙:天文学や宇宙物理学、(3)素粒子:物質を極限まで細分化した、極小の世界――の3つです。

 そして、ノーベル物理学賞の受賞分野はここ数年、「宇宙分野の翌年は物性分野。素粒子分野の翌年も物性分野」という流れが続いています。日本の研究が受賞した昨年の「ニュートリノ振動の発見」は素粒子分野でしたので、順番通りならば、ことし2016年は物性分野からの選出が有力です。その理屈からすると、去年までに私たちが候補に挙げていた超伝導やトポロジカル絶縁体、光ファイバーなどを今年も推すべきなのでしょう。ですが、あえて物性にこだわらずに選んでみました。ノーベル賞級のすばらしい研究を伝えたいと思うからです。

■「アト秒」物理学の発展に対する貢献

ポール・コーカム(Paul B. Corkum)博士/フェレンツ・クラウス(Ferenc Krausz)博士

《超高速現象の観測を可能にする光科学の最先端》
 「アト秒物理学」とは、「アト秒レベルで起こる物理現象に取り組む学問」のことです。アト秒で起こる物理現象の代表的な例は、化学反応での電子の動き。実際に電子がどう動いているかを見るのが、アト秒物理学とも言えるのです。

 ではその「アト秒」とは? ―なんと、0.000000000000000001秒(10のマイナス18乗)という、とてつもなく短い時間です。

 地球誕生から現在まで46億年と言われていますが、それを秒に直すと0.15 ×「10の18乗」秒です。もし46億年を1秒に縮めたとしたら、0.15秒が1アト秒になります。人間のまばたきは約0.3秒と言われていますので、人が1回まばたきしたとして、地球のこれまでの長い歴史を1秒と見なすと、2アト秒に相当します。アト秒の世界を観測することがいかにすごいかが分かりますね。

 アト秒というごくわずかな時間で起きる物理現象を観測するには、「アト秒の短さで点滅できるレーザー光」が必要不可欠です。物理の教科書に、ボールが落ちる様子などを連続ストロボ撮影でとった写真が載っていたかと思います。動くものがどう動いているかを見るには、その動きのスピードレベルにあった連続ストロボが必要です。電子の動きの場合は、それがアト秒で点滅できるレーザーとなるのです。(※こちらのブログにて(http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/201609072016-1.html)イラストで説明しています)。

 レーザー光自体は1962年に発明され、それ以降次々と発光時間の短いものが開発されてきました。しかし、アト秒レベルの短さで発光するレーザー光は長年開発できずにいました。

 そこで、コーカム博士が従来とは異なる「気体の分子にフェムト秒(10のマイナス15乗)のレーザー光を当てることでアト秒のレーザー光を発生させる方法」を提案し、それをクラウス博士が実証したのです。10年以上科学者の前に立ちはだかっていた壁を打ち破った瞬間でした。

 アト秒レーザーを使うと、原子や分子の中での電子の動きや、化学反応が起こっているときの原子の動きなどを観察することができます。

 今まで理論的にしかわかっていなかった現象を「実際に見る」ことができれば、それらの研究が大きく発展するのは、間違いありません。

◎予想=科学コミュニケーター・坪井淳子

■「量子テレポーテーション」に関する先駆的研究

チャールズ・H・ベネット(Charles H. Bennett)博士/ジル・ブラッサール(Gilles Brassard)博士/ウィリアム・ウーターズ(William K. Wootters)博士/古澤明博士

(※ノーベル賞において1つの賞を同時受賞できるのは慣例として3人までなのですが、功績の大きさを考慮して、4人の研究者を紹介しています)

《次世代コンピュータの基礎になる情報の“瞬間移動”》
 SF映画や小説などで、人や宇宙船を「テレポーテーション(瞬間移動)」させるシーンをはよく見かけます。しかし、ここでとりあげる「量子テレポーテーション」は、人や物の移動ではなく、「量子情報」を移動させる技術です。

 量子情報とは何かを知るために、まずは電子や光子といった非常に小さいスケールでおこる現象についての学問「量子力学」について、ごく簡単に説明しましょう。量子の世界では、私たちがふだん過ごしている世界では常識的にあり得ない現象が起きます。

 その1つが「量子もつれ」です。例えば量子を、それぞれ表と裏がある2枚のコインに見立てます。2枚のコイン(量子)をくるくる回して、表とも裏とも言えない状態にしてから「もつれ」させると…片方のコインの回転が止まって「表」を向けた時、もう片方のコインは必ず「裏」で止まるというのです。

 この現象は2枚のコインがどんなに離れたとしても起こります。別々の2枚なのですが、もつれさせると、1つの運命共同体のように振る舞うのです。

 ここではわかりやすくコインの表と裏で例えましたが、量子テレポーテーションの実験で現在使われているのは、主に光子です。光子の場合、表と裏ではなく、光子の「位置(どこにいるか)」と「運動量(どの方向にどのぐらい動いているか)」のことを量子情報と言い、それらの情報を伝送することを目標にしています。

 たとえば地球から火星に「光子の量子情報」を伝送する場合、まず量子もつれ状態にある光子のペアをつくり、片方を火星に運んでおく必要があります。このペアが、「情報の送り手」と「受け手」となります。そして、「火星に(量子情報を)送りたい光子」を用意し、地球の「送り手」の光子と混ぜ、強制的に影響を与えます。すると量子もつれのおかげで、地球の「送り手」と運命共同体にある火星の「受け手」の光子も、その影響を受けるのです。

 あとは、地球の2つの量子をまとめて観測した結果を火星にメールで送り、その結果に基づいて調節した粒子を火星の「受け手」にぶつけると、「受け手」の光子自体が、もともと送りたかった光子の量子情報を持つことになるのです。これで目的通り「地球にあった光子の量子情報が火星に伝送された」ことになるのです。(※量子テレポーテーションについて、こちらのブログ(http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/201609162016-5.html)でイラストを使いながら詳しく書いてあります)。

 量子テレポーテーションという現象が起こりうることを提唱したのが、ベネット博士、ブラッサール博士、ウーターズ博士です。そして世界で初めて量子テレポーテーションを実際に成功させたのが、古澤博士です。

 量子テレポーテーションを成功させたということは、いままで誰も入ったことのなかった実験的な量子の世界のドアを開けることができたということ。この世界の現象を応用することで、例えば、処理速度が現在のものとは比べ物にならないほど速い「量子コンピューター」の開発につながるかもしれません。

◎予想=科学コミュニケーター・雨宮崇

■「重力波」の発見に関する貢献

キップ・ソーン(Kip S. Thone)博士/ロナルド・ドリーバー(Ronald W. Drever)博士/レイナー・ワイス(Rainer Weiss)博士

《宇宙誕生の秘密にも迫る新しい天文学の幕開け》
2016年2月に「世界で初めて重力波を直接観測した!」というニュースが世界中で大きく取り上げられたことを覚えている方もいるかと思います。日本の新聞各社が号外を出し、未来館でも速報ブログ(http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/20160213post-650.html)を出しました。

 この重力波の正体は、連星などの動きに伴って生じる「時空のゆがみが伝わる波」です。(※連星とは、2つ以上の天体が互いに引力を及ぼし合って、共通の重心の回りを軌道運動しているもの)

 イラストのように、2つの星が互いに相手のまわりを回るとき、全体の動きが非対称になります。このとき、時空の歪みがさざ波のように伝わっていきます。これが重力波の正体です。どのような質量の連星でも重力波は生じているはずですが、軽い星では重力波も小さくなってとても検出できません。2月に発表された重力波のもととなったのは、2つのブラックホールの連星だったそうです。

 重力波が発生すると、少しだけ空間がひずみます。今回観測されたひずみは、「10のマイナス21乗」ほど。これは、“地球から太陽までの間で、空間が水素原子1つ分ほどひずんだ”ぐらいのごくわずかな量です。

 そのひずみを測ったのが、アメリカの天文台LIGO(ライゴ)です。LIGOは1辺が4キロメートルほどもある巨大な観測装置を作り、鏡を使いながら分割したレーザー光の到達時間を比較することで、わずかな空間のゆがみを観測したのです。

 このプロジェクトに関わった研究者は、なんと1000人以上。そのうち今回紹介した3人の研究者は、LIGOの創始者と言われる方々です。9月21日に発表された、ノーベル賞の有力候補予測とも言われる「トムソン・ロイター引用栄誉賞」も、こちらの3人が受賞されています。重力波の観測がいかにインパクトの大きいものかが伺えますね。

 これまで人類は光(可視光)や赤外線、紫外線、X線など、いずれも電磁波と呼ばれる波で宇宙を見てきました。けれども、重力波はこれとはまったく別の波です。光(電磁波)をとらえる視覚と、音の波をとらえる聴覚がまったく別の知覚であるように、電磁波を使う天文学と重力波を使う天文学では、まったく異なる方法で宇宙を探ることになります。重力波はブラックホールだけではなく、超新星爆発やパルサーからも生じると言われています。これらを重力波で観測することで、いままでの方法ではわからなかったことがたくさんわかるようになると期待されています。

※重力波観測成功は、アインシュタインの100年の宿題を解いた偉業とも言われています。詳しくはこちらのブログ(http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/201609232016-7.html)をご覧ください。

◎予想=科学コミュニケーター・山内俊幸

10月4日夕方に受賞者発表

 物理学賞は10月4日(火)午後6時45分(日本時間)から発表されます。今回予想した3つの研究が的中すればそれはもちろん嬉しいことですが、もし的中しなかったとしても、これを機会にご紹介した研究・研究者に興味を持ってもらえたのならば、それが一番嬉しいことです。

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◎日本科学未来館 科学コミュニケーター 雨宮崇(あめみや・たかし)
1988年、山梨県生まれ。京都大学大学院エネルギー科学研究科を修了後、デジタル教材編集者を経て現職