ノーベル賞大隅氏の「オートファジー」なぜ細胞の中身を“壊す”のが大事?

ノーベル賞大隅氏の「オートファジー」なぜ細胞の中身を“壊す”のが大事?

[写真]大隅良典先生(右)と語らう久万亜紀子先生(左)

「細胞の掃除が大切なのは想像がつくけど、ゴミがたまると具体的に何が起こるの?」
「タンパク質のリサイクルというけど、必ずリサイクルしなければいけないの?」

 今年のノーベル生理学・医学賞を大隅良典先生が受賞して以来、私が勤める日本科学未来館(東京都江東区)では、たくさんの報道関係の取材を受けたり、「研究の内容を知りたい」と多くのお客様にご来館いただいています。大隅先生の研究が「細胞の中味を分解して、細胞の中をきれいに保ったり、タンパク質の材料をリサイクルしたりする仕組み」だと説明すると、冒頭のような質問をいただきました。

 「確かに……」と考えさせられてしまう疑問です。「これは研究者に教えてもらうしかない」と大隅先生の弟子の先生に話を聞きました。訪問したのは、東京大学本郷キャンパス。かつて大隅先生の研究室で研究を行っていた久万亜紀子先生(東京大学水島昇研究室・助教)に疑問をぶつけてきました。久万先生は、現在はマウスにおけるオートファジーの役割を研究していて、つい半月前に発表したばかりの最新成果についても聞くことができました。

オートファジーは「掛け流し温泉」?

――はじめに、なぜオートファジーによって細胞の中身を「壊す(分解する)」必要があるのか、教えてください。

 オートファジーによって細胞内のタンパク質を分解する役割は、大きく分けると2つです。1つは細胞の中の掃除。もう1つは、タンパク質のリサイクルです。

――では、まずは細胞の掃除について伺います。例え話としての「掃除」の大切さは直感的に分かります。私たち人間はきれいな部屋に住みたいですから。しかし、細胞も同じように考えてよいのか疑問が残ります。細胞にとっては、なぜ「掃除」が大切なのですか?

 掃除をすることで、タンパク質の「量」と「質」を保ちます。本来ならば分解されるべきタンパク質が細胞内にたまってしまうと、悪影響を及ぼし、細胞の健康を損なわせると考えられています。例えば、「p62(ピーロクジュウニ)」というタンパク質は、オートファジーが起こらないと肝臓の細胞に過剰にたまってしまうことが分かっています。蓄積したp62は別のタンパク質「Keap1(キープワン)」にくっついてしまい、Keap1の本来の働きを妨げます。これが肝障害につながるということが実験的に示されています。

――オートファジーが起こらないと、写真のように、いかにも「ゴミ」という感じがするタンパク質のかたまりができることもあるようですが、これは何が問題なのですか?

 かたまり自体が良くないという研究者もいれば、品質が悪いタンパク質を固めることで細胞を守ろうとしているという研究者もいます。どちらにせよ、かたまりが見えるということは、細胞の中で悪いタンパク質が増えているのは間違いないですね。

――その「品質が悪いタンパク質」というのも我々素人にはイメージがつかず……。タンパク質って悪くなるのですか?

 品質が悪いタンパク質とは、作りそこなって形がおかしくなったタンパク質や、時間が経って化学物質がくっついたタンパク質などのことです。その例としては「酸化修飾」があります。細胞の中には反応しやすい状態の活性酸素があり、これがタンパク質と化学反応を起こすと、タンパク質全体の形が変わってしまうのです。このようなタンパク質は正常に働けなくなってしまいます。

――ちゃんと働かないタンパク質がたまるのは厄介ですね。ゴミを取り除くのが人間でも細胞でも大事なのがよく分かりました。それにしても、オートファジーというざっくりした方法で細胞が本当にきれいになるのですか?たしか、細胞の一角をランダムにぐるっと膜で囲んで、その膜のなかのタンパク質を丸ごと分解する方法ですよね?なんか、正常なタンパク質まで分解してしまって、細胞にとっても良くない気がします……。

 オートファジーって、普段は少しずつしか起こりません。私たちはよく「掛け流し温泉」に例えるのですが、掛け流しの温泉って、きれいなお湯を加えながら、捨てるお湯を選ばずに少しずつ捨てていますよね。どこにゴミが浮かんでいるか分からないですから。少しずつ捨てて、少しずつ新しいものを入れたら、いつも新鮮な状態が保てますよという考え方なのです。

――なるほど、理にかなった戦略なのですね。

栄養が足りない時こそリサイクルが必要

――つづいて、オートファジーのもう1つの役割、「タンパク質のリサイクル」について伺います。リサイクル、しなきゃダメですか?

 やはり、もったいないですよね。オートファジーによるリサイクルが必要になるのは栄養が足りないときなのです。

――栄養が足りないのなら、つくるタンパク質の量を減らせばよいのに、と思ってしまいます。

 確かに、栄養が足りないときは、節約のためにタンパク質の合成量を減らします。しかし、栄養が足りないときだからこそ必要なタンパク質もあります。例えば肝臓の細胞だったら、脂肪を分解するための「ベータ酸化」という反応に関わるタンパク質です。普段は量が少ないのですが、栄養が足りないときはぐーんと量が増えるのです。こういったタンパク質をつくるためには材料が必要ですよね?どこからその材料を持ってくるかとなったときに、すでにあるタンパク質を分解しましょう、となります。

――細胞にとって栄養が足りないときに、そんなことが起きているのですね。個々の細胞ではなく、私たちのからだ全体で栄養が足りないとき、つまり「おなかすいたなー」と感じるときもオートファジーが働くのですか?

 そうですね、マウスの場合は、餌を食べるのを止めてから6時間もすれば肝臓の細胞でオートファジーが働き出し、24時間もすれば全身の細胞でオートファジーが活発に起こります。

――へー!

 6時間くらいだと普段の食事の間隔ですよね。マウスと人間で栄養不足の程度がどのくらい同じかはわかりませんが。

 オートファジーのもっとも基本的な役割は「飢餓応答(栄養が足りないときに、環境に対応すること)」なんです。マウスに限らず、酵母でもショウジョウバエでも栄養が足りないときにオートファジーが活発になります。オートファジーに必要な遺伝子を壊してしまうと、酵母では(厳しい環境に耐え抜くための)胞子がつくられないし、ショウジョウバエでは(絶食している)さなぎの状態で死んでしまいます。オートファジーは、栄養が足りないときに生き延びるためには必要なのです。

――マウスに限らず、生物全体に備わる基本的な仕組みなのですね。「細胞の掃除」と「タンパク質のリサイクル」。オートファジーの役割がよく分かりました。

赤ちゃんマウスはオートファジーができないと命にかかわる

――大隅先生は、酵母をおもな研究対象としてオートファジーの研究をなさいました。久万先生は、現在どのような研究をなさっているのですか?マウスの飢餓応答を中心に研究されているそうですが。

 オートファジーの体の中での役割を調べています。オートファジーを起こせないマウスは、生まれてすぐに死んでしまいます。マウスの場合、健康な赤ちゃんマウスはミルクがなくても21時間は生きられるのに対して、オートファジーに必要な遺伝子を壊された赤ちゃんマウスは12時間で死んでしまいます。見た目は正常なマウスと変わらないのに、です。タンパク質の合成にはアミノ酸が必要ですが、血液中のアミノ酸濃度を測ってみると、オートファジーを起こせない赤ちゃんマウスの数値が低かったので、「オートファジーは生まれてすぐの赤ちゃんの栄養補給で大事だね」ということが分かりました。

 さらに、もう1つ不思議な点がありました。それはオートファジーを起こせない赤ちゃんマウスはミルクを飲んでくれないということです。どちらもミルクを飲ませない状態でも健康なマウスより早く死んでしまうので、オートファジーが栄養補給にとって大事だということに偽りはないのですが、ミルクを飲まないということも命を脅かす上では大きな問題だと思います。

――ミルクを飲まないという行為は、何が原因なのですか?

 原因は、脳の神経異常です。

 脳だけではオートファジーが起こるが、他のからだの部位ではオートファジーが起こらないマウスをつくると、ミルクを飲んでくれたので、おとなのマウスにまで育てることができました。

 しかし、マウスの全身を解析すると、体は小さいのにひ臓や肝臓がとても大きくなります。免疫系も悪くて、さまざまな臓器で炎症が起こっています。最近私たちのグループからこの9月末に論文を発表したばかりの成果です。

――1つの臓器が悪くなって他の臓器にも影響を与えるというよりも、それぞれの臓器で悪いことが起きているのですか?

 もちろん、ある臓器の異常が他の臓器に影響しているというケースもあるでしょう。ただ過去の他の論文と合わせて考えると、それぞれの臓器のそれぞれの細胞でオートファジーの役割が大事だと示せました。

――マウスの健康においても、さまざまな場面でオートファジーによる「掃除」が大切なのでしょうね。

まだまだ謎が多いオートファジー

――最後に、先生がオートファジーの研究をなさっているモチベーションを伺いたいのですが。

 生き物は何を研究しても面白いと思いますが、学生の時にオートファジーの仕組みを研究していて、次にその役割が知りたくなりました。「体の中で何をやっているのだろう?」というすごくシンプルな問いの答えを知りたくなりました。

――「面白い」とお感じになるのはどの部分ですか?

 細胞の中でそれまで存在しなかった小器官(オートファゴソーム)が一気につくられて仕事をするわけですよ。しかし、どのようにつくられるかはまだ誰もきちんとは知りません。しかも、細胞が健康を維持するのにとても大事です。

――先生ご自身は、どのくらい解明が進んだとお考えになりますか?

 まだまだ謎は多いです。大隅先生がオートファジーを起こす遺伝子を見つけてから研究が進みましたが、それらの分子がどのように仕事をして、オートファジーが起こるのかはまだ分からないことが多いです。

――大隅先生の研究で、「ここがすごい」と思うところはありますか?

 なんにも分かっていないに近いところから(学問領域を)築き上げられたのはやっぱりすごいと思います。何に着眼して、何を問いにして、どういうアイデアでそれを明らかにするかという点です。

――大隅先生のインタビューによると、5000株の酵母を当時大学院生だった塚田美樹さんと2人でひたすら顕微鏡観察したとか。

 ほんとに、「ここには不思議な解くべき謎がある」という確信をもってないと、そのような実験をしようと思いませんよね。たぐいまれな観察眼とセンスと好奇心をお持ちの先生だと尊敬します。やるとなったらちゃんと(遺伝子を)見つけるところがすごいと思います。

――久万先生ご自身も研究のモチベーションも「知りたい」という好奇心ですか?

 生き物が生きるとはどういうことなのでしょう。オートファジーは生物学の一現象ですが、そこだけでも山ほど謎がありますね。その謎解きに、自分も参加していることがうれしいし、楽しいです。

●インタビューを終えて

 オートファジーは細胞のお掃除。このフレーズだけ聞くと、オートファジーの働きがすでに明らかになっているような錯覚におちいります。しかし、久万先生もおっしゃっていたとおり、その仕組みや役割にはたくさんの謎が残されています。前述したさまざまな理由の説明も、もしかしたら異なる解釈が正しいのかもしれません。「なぜだろう?もっと知りたいな」という好奇心が原動力となって、私たち人類は、生命現象についてより深く理解できるのでしょう。

・久万先生らが9月末に発表した論文はこちら(http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1534580716305974)
・オートファジーの詳細については「日本科学未来館 科学コミュニケーターブログ」(http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/20161003-photo-by-mari-honda-for.html)

◎日本科学未来館 科学コミュニケーター 志水正敏(しみず・まさとし)
1986年、熊本県生まれ。2013年より現職。生命の不思議に魅了され、大学院時代は70℃の温泉で生きられる細菌について研究。小惑星「リュウグウ」の名付け親の一人日本科学未来館では、研究者が来館者と実証実験を行うイベント「ともにつくるサイセンタン!」を担当