PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

JHVEPhoto / Shutterstock.com

◆PDFの生みの親、Adobeの共同創業者が死去

 Adobe という会社の名前は知っているだろう。Illustrator や、InDesign 、Photoshop など、印刷関係やデザイン、その他クリエイティブ系のソフトウェアを多く世に送り出してきた会社だ。

 そうした類いのソフトは使わないよ、という人でも、PDF(Portable Document Format)なら閲覧したり、作成したりしたことがあるだろう。Adobe は、PDFを開発して、世に送り出した会社でもある。

 Adobe の設立は、1982年にさかのぼる。ゼロックスのパロアルト研究所に勤めていたチャールズ・ゲシキ氏と、ジョン・ワーノック氏の2人によって作られた。その共同設立者のチャールズ・ゲシキ氏が、2021年の4月に81歳で亡くなった(Adobe)。

 現在では当たり前の、コンピューターの画面で確認しながら印刷物を作り、印刷をするという行為。そうした、DTP(Desktop publishing)の基礎の1つを作ったのが、当時はまだ Adobe Systems という社名だった、ゲシキ氏らだった。

 その技術の核は、多くのプリンターで使われてきた PostScript だ。PostScript は、のちに PDF の開発へと繋がる技術だ。今回は、ゲシキ氏らが開発し、最初の製品とした PostScript の話をしていこう。

◆PostScriptの登場

 プログラマーには有名な出版社 O'Reilly 社が出している『Masterminds of Programming ―― 言語設計者たちが考えること』という本がある。英語の原本は2009年。C++ 、Python 、BASIC 、Java 、 C# など、18種類のプログラミング言語について、それらを開発した人物のインタビューが掲載されている。

 その16章が PostScript となっている。この章では、Adobe の設立者の2人、チャールズ・ゲシキ氏とジョン・ワーノック氏が仲よく答えている。

 この章の最初の質問はこうだ。「PostScriptをどのように定義しますか?」。ゲシキ氏はこう答えている。

「PostScriptは、デバイスから独立した表現を用いて(印刷された)ページ内容を高レベルで記述することを主な目的とするプログラミング言語です」

 Adobe Systems 設立前、ゲシキ氏とワーノック氏は、ゼロックスのパロアルト研究所で、Interpress というページ記述言語を開発していた。しかし、その技術に対する同社の評価は芳しくなく、2人はゼロックスを離れて1982年に自分たちの会社 Adobe Systems を作った。

 彼らは Interpress を改良して、PostScript を作った。プリンターに画像を送るのではなく、ページの内容を記述したプログラミング言語を送り、プリンター上で処理して印刷物を生成するというものだ。

 当時は、現在と違って、コンピューターとプリンター間で高速に通信することができなかった。しかし、この技術を使えば、少ないデータを送り、プリンター側でプログラムを実行して、精細な印刷物を生成することができる。

 この技術に目をつけたのが、Apple Computer のスティーブ・ジョブズ氏だった。デザインにこだわる同氏が、印刷物の美しさにも執着したのは想像に難くない。

 1985年に、Apple Computer は、レーザープリンター LaserWriter を販売する。PostScript は、このプリンター用の技術として採用された。小さなデータで、精細な印刷を実現する。

 PostScript というプログラム言語を処理できれば、コンピューター上でも、プリンター上でも、表示内容や印刷内容を、デバイスを問わずに再現できる。

 PostScript の登場により、コンピューター世界の DTP は大きく前進した(MacFan)。

 また、このライセンス提供で、Adobe Systems は前払い金100万ドルに加えて、250万ドルの現金を受け取った(@IT自分戦略研究所)。確かな技術を持ったベンチャー企業は、のちに巨大なIT企業へと成長する。

◆PDF その技術と背景

 会社の設立から5年が経った。1987年に Adobe Systems は、社内で利用してた PostScript 編集ソフトを一般向けにして、Adobe Illustrator としてリリースする。このソフトは Macintosh 向けだったが、1989年には Windows 版も市場に投入する。

 そして1993年に、PDF ファイルを作成したり表示したりするソフトウェア Acrobat を市場に投入する。その背景には、PostScript と Adobe Illustrator で培った技術があった。

 しかし、Acrobat は高額なソフトだったために、Acrobat と PDF は普及はしなかった。その後、ソフトの値段を下げ、無料の AcrobatReader を投入して、Acrobat と PDF は徐々に普及していく(Prepressure.com)。滑り出しは悪かったものの、この技術は最終的に世界中に広まった。

 現在では、多くのソフトに PDF で出力する機能が付いている。Microsoft の Office にもあり、Webブラウザの Google Chrome にもある。

 PDF 形式でファイルを出力すれば、どのマシンに持って行っても、同じように表示させることができる。また、元々印刷のための技術から生まれているために、印刷物にしても、見た目がまったく同じになる。

 印刷会社の中には、印刷物のデータを PDF ファイルで受け付けているところもある。官公庁の書類が PDF ファイルで提供されることも多い。インターネットで論文や文書を探すと、大量のデータが PDF 形式で配布されている。

 PDFは、コンピューター、プリンター問わず、データを作った人と、データを利用する人で、同じ見た目を提供してくれる。PDF は、Portable Document Format の略だ。文書を、ポータブル(持ち運び可能)にしてくれるフォーマットというわけだ。

 今では多くの人が、当たり前のように PDF の技術を利用している。この PDF は、2人の小さな会社の技術から始まったのだ。

<文/柳井政和>

【柳井政和】

やない まさかず。クロノス・クラウン合同会社の代表社員。ゲームやアプリの開発、プログラミング系技術書や記事、マンガの執筆をおこなう。2001年オンラインソフト大賞に入賞した『めもりーくりーなー』は、累計500万ダウンロード以上。2016年、第23回松本清張賞応募作『バックドア』が最終候補となり、改題した『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』にて文藝春秋から小説家デビュー。近著は新潮社『レトロゲームファクトリー』。2019年12月に Nintendo Switch で、個人で開発した『Little Bit War(リトルビットウォー)』を出した。2021年2月には、SBクリエイティブから『JavaScript[完全]入門』、4月にはエムディエヌコーポレーションから『プロフェッショナルWebプログラミング JavaScript』が出版された。

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