一帯一路の成長でアメリカが警戒する「デジタル・シルクロード」における中国の戦略

一帯一路の成長でアメリカが警戒する「デジタル・シルクロード」における中国の戦略

Gerd Altmann via Pixabay

◆静かに広がるデジタル・シルクロード

 「デジタル・シルクロード」と聞いてもピンと来ない人も多いだろう。

 デジタル・シルクロードの全体像についてまとめたレポートは世界でもほとんどないそうだ。その数少ないレポートのひとつ『Issues & Insights Vol. 19, WP8 ? China’s Digital Silk Road: Strategic Technological Competition and Exporting Political Illiberalism』(2019年8月1日、Pacific Forum)にそう書いてあった。しかし、断片的な情報はたくさん存在し、それぞれ深刻な問題として取り上げられている。

 デジタル・シルクロードとは、中国が世界で繰り広げている一帯一路(BRI)に含まれるネットの普及と活用に関する活動である。日本では、一帯一路もそれほど話題になっていないので、やはりピンと来ないかもしれない。しかし、一帯一路の経済成長がめざましく、すでにアメリカやヨーロッパを圧倒していることを知れば無関心ではいられないだろう。そして一帯一路参加国の多いアフリカは2025年には世界人口の半分を占めると予測されている。なお、一帯一路はアジアとアフリカが基本だが、ヨーロッパ、ラテンアメリカにも触手を伸ばしている(というよりラテンアメリカのいくつかの国は参加したがっている)。

◆「国家情報法」と一帯一路

 最初に説明しておきたいのは、2017年に中国で成立した国家情報法である。ひらたく言うと、この法律は中国の組織ならびに個人は中国政府の要請に応じてあらゆる情報を提供しなければならないというものだ。これに従えばデジタル・シルクロードで世界に広がっている中国企業が保有している光ケーブル、海底ケーブル、測位衛星、5Gネットワーク、e-commerce、データセンターなどの情報は中国政府が要請すれば入手できることになる。

 一帯一路は世界を席巻しつつあり、デジタル・シルクロードは世界の情報通信のあり方を変えようとしている。『China’s Digital Silk Road: A Game Changer for Asian Economies』(2019年4月30日、THE DIPLOMAT)によれば、中国は125の国と29の国際機関との間で173の契約を締結した。

 断片的だが、日本ではあまり知られていないことをご紹介しよう。

 スマホやナビゲーションシステムに装備されているGPSは測位衛星から送られてくる電波を利用するGNSS(衛星測位システム)の一つだが、その測位衛星をもっとも多く保有しているのは中国だ。そしてアメリカの測位衛星(GPS)と異なり、データ量は限られるが双方向の通信が可能となっている。中国の衛星測位システムは北斗衛星導航系統(BeiDou、BeiDou2、北斗衛星測位システム)と呼ばれる。この影響はスマホだけに留まらず、自動車や船舶などのナビゲーションシステム、ドローンなどにも及ぶ。

 情報通信の90%以上を支える大陸間を結ぶ海底ケーブルの多くはアメリカおよび関連国の企業によるものだが、近年は中国企業とグーグルおよびフェイスブックの比率が目立って増えている(参照:『「ネットの海の道」地球30周分 米中しのぎ削る』2018年10月29日、日経新聞)。中国が関係しているものではアジアとアフリカを結ぶPEACE(Pakistan & East Africa Connecting Europe)が有名だ。

 そして、そのケーブルから中国が情報を傍受するのではないかという懸念もある(参照:『China’s Next Naval Target Is the Internet’s Underwater Cables』2019年4月19日、Bloomberg)。前述の国家情報法がある以上、当然の懸念と言える。

 AI監視システム市場は中国企業の寡占状態であり、SNSはフェイスブックグループと中国企業の寡占状態となっている。デジタル・シルクロードは莫大なデータを中国にもたらす。監視カメラ映像、ケーブルを通るデータ通信、SNSなどだ。それらをより早くより効果的に処理するためにはAIが必須となる。そのためのシステムを中国は提供している。

 次世代の通信技術5Gに関してはHUAWEIが世界市場のトップを走っており、中国企業が関連特許の36%を握っている。アメリカが安全保障上の問題として警戒を強めているのも当然である。

◆デジタル・シルクロードの4つの領域と目的

 中国は巧みにアメリカと正面からぶつかることを避け、ひそかに新しい市場を開拓し、育ててきた。それがアジア、アフリカ、ラテンアメリカを中心に広がる一帯一路だ。その背景には世界的に民主主義が後退し、権威主義(全体主義、独裁主義など)が台頭していることがある(参照:『極論主義とネット世論操作が選挙のたびに民主主義を壊す』|HBOL)。

 一帯一路の中核のひとつがデジタル・シルクロードなのである。前述の『Issues & Insights Vol. 19, WP8 ? China’s Digital Silk Road: Strategic Technological Competition and Exporting Political Illiberalism』によれば中国は情報を重要な戦略的な資源として位置づけ、その収集と利用のための仕組みを構築してきた。デジタル・シルクロードには4つの領域がある。

 これらによってデジタル・シルクロードに参加してくる国々の為政者にとって利便性の高い監視や世論操作が可能な環境ができあがる(参照:『世界に蔓延するネット世論操作産業。市場をリードするZTEとHUAWEI』|HBOL)。

 前述のレポートでは、それぞれの分野で優位に立つ目的は、自由な資本主義と不自由な統治と指摘している。決して現在の国際秩序を破壊したり、置き換えたりしようとしていない。自由で開かれた資本主義は中国ならびに権威主義国家にとっても都合がよいのである。米中貿易戦争においてアメリカがHUAWEIやZTEを排除しようとしているのは中国が自由で開かれた取引をしていないからではなく、安全保障上の問題が主であり、中国は開かれた自由な貿易を求めている。

 ただし、統治形態=政治においては権威主義の現体制を維持しようとしている。デジタル・シルクロードで実現される高度監視社会、ネット世論社会はまさにその統治形態にぴったりだ。中国はそのための仕組みをデジタル・シルクロードの一環として、各国に輸出している。この点が現在の民主主義的価値を重んじる国々とは相容れない点である。しかし、民主主義的価値は世界的に後退しており、その意味でも中国は世界の先端を走っていると言えるのかもしれない。言葉だけではわかりにくいと思うので簡単な図を付したので参考になれば幸いである。

 さらに中国はデジタル・シルクロードがもたらす新技術を使った検閲の方法や取り締まるための法律のモデルなども伝授しており、デジタル権威主義をフルセットで広めている。

◆ワタシたちが選ぶべき道は?

 このまま進むと一帯一路およびデジタル・シルクロードによってアジア、アフリカ、ラテンアメリカを取り込んだ中国の優位はゆるがない。世界の人口も経済も一帯一路が多数を占める時代になるのだから仕方がない。もちろん対抗する方法はいくつもある。大きく分けると2つ。

 ・民主主義的価値観を持った国で連合して立ち向かう

 ・中国が広めている「自由な資本主義と不自由な統治」に変わる新しいシステムを提示し、広める

 現在、多くの民主主義的価値を認める国は、前者の方針を採っているが、これには無理がある。資本主義とネットの進展によって過去の民主主義は機能しなくなっている。中国が「自由な資本主義と不自由な統治」を広めているから民主主義が後退しているのではなく、民主主義が後退しているから中国が新しいシステムを提示してリードしたのである。アメリカのトランプ大統領がやっていることや、エドワード・スノーデンが暴露したアメリカ国家安全保障局(NSA)にマイクロソフトやフェイスブックなどの企業がデータを提供していたことを見ればわかるように民主主義は自壊しつつある。

 残る選択肢は後者であるが、現在にいたるまで目立った新しいシステムの提案は見当たらないどころか、試みもない。それ以前に日本ではこうしたことを考える人すらほとんどいないのが現状だ。

 最後にひどく素朴な疑問を付け加えておきたい。これまで力を持っていた世界の多くの国の指導者たちが中国に警戒を強めているわけだが、人口と経済成長が著しいアジア、アフリカ、ラテンアメリカにろくな手を打ってこないで今さら慌てるのは頭が悪いとしか思えない。なにか違う理由があるだろうか? これまでに紹介してきたレポートはいずれもアメリカやヨーロッパが重要視してこなかった間に、中国やロシアなどが存在感を増したと書いてあった。ただうっかり忘れていただけというのはあまりにも致命的なミスだ。選挙を常に意識しているから近視眼的なことしかできないということなのだろうか?

<文・図版/一田和樹>

【一田和樹】

いちだかずき●IT企業経営者を経て、綿密な調査とITの知識をベースに、現実に起こりうるサイバー空間での情報戦を描く小説やノンフィクションの執筆活動を行う作家に。近著『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器 日本でも見られるネット世論操作はすでに「産業化」している――』(角川新書)では、いまや「ハイブリッド戦」という新しい戦争の主武器にもなり得るフェイクニュースの実態を綿密な調査を元に明らかにしている

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