ある老舗ソフトの名称をTwitterがBAN。ネット時代に蔓延る「言葉の死刑の冤罪」について考える

ある老舗ソフトの名称をTwitterがBAN。ネット時代に蔓延る「言葉の死刑の冤罪」について考える

Gerd Altmann via Pixabay

◆「GIMP」の名称問題

 GIMP というオープンソースで開発されているペイントソフトがある。初版は1996年。20年以上続く老舗ソフトだ。Linux 系の人は恩恵を受けている人が多いだろう。クロスプラットフォームで使えるために、Windows ユーザーが無料のペイントソフトを探して、このソフトにたどり着くケースもあるだろう。

 名前は、GNU Image Manipulation Program の略称である。元々は、General Image Manipulation Program だったが、公開直後に GNU に変更された。GNU は、グヌーと読む。

 このソフトは、GNU General Public License のもとで公開されている。同ライセンスは、ソフトウェアの複製・改変・再頒布を自由にするものだ。ソースコードとともに頒布する、あるいは入手手段を提供する、一部改変ソフトウェアの頒布の際はソースコードを公開する、などさまざまな制限がある(参照:コトバンク)。

 この GIMP が、少し前に話題になった。あるTwitterユーザーが、「GIMP! GIMP!」と、彼のフォロワーにソフトのGIMPを勧めたところ、「GIMP」は差別用語だと、Twitterが認定するという事態が起きたのだ(Togetter)。

 GIMP は先述の通り、頭字語(アクロニム)だ。しかし、gimp という単語には、別の意味がある。第1の意味は「組み紐」「笹縁で飾る」。第2の意味は俗語で「活力」。そして、第3の意味として、「不自由な足取りで歩く人」「役立たずの人」「運動のできないひ弱な人」「不自由な足取りで歩く」という俗語がある。また、gimp stick(杖)、gimpy(脚の不自由な)という熟語もある(参照:英辞郎)。

 この第3の用法は、米国のスラングだ。この用法は、limp (足を引きずる)という言葉からの転用だろうと言われている(参照:Wiktionary)。この第3の意味での使用は、1920年代には既に見られる(参照:Online Etymology Dictionary)。

 gimp は「足が悪い人」ということで、「暴言や脅迫、差別的言動を禁止するルールに違反している」と見なされたわけだ。規制された人は、Twitter に異議申し立てをおこなった。しかし Twitter は元の発言が、「暴言や脅迫、差別的言動である」と解答した。

 ここまでだと、Twitter が文脈を見ずに、1ツイートだけを切り取って言葉狩りをしているということで終わる。実は、この問題は、少し掘り下げることができる。GIMP という言葉は元々、頭字語(アクロニム)ではなく、元々ある単語の各文字に、頭字語としての意味を持たせた逆頭字語(バクロニム)だという話がある。

◆GIMPの名前の由来問題

 GIMP の開発者インタビューでは、このソフトウェアの名称は、映画の『パルプフィクション』から着想を得たとある。クエンティン・タランティーノ監督によるこの映画は、1994年製作で、同年のアカデミー賞で7部門にノミネートされて、脚本賞を受賞した(参照:コトバンク)。

 同映画では、拘束具を付けられて奴隷的な扱いを受ける男性を「gimp」と呼んでいる(参照:秋元@サイボウズラボ・プログラマー・ブログ)。

 開発者は、「IMP」(Image Manipulation Program)の響きが悪かったために、前に何か文字を付けようとしていた。そして、『パルプフィクション』を見た時に『G』がよいと思ったそうだ。そのためソフトと、差別的な単語が、無関係だと言い切るのは微妙だ。少なくとも映画では「不自由な状態の人」と受け取れる場面で使われている。

 そもそも先述のとおり、単語の意味としては、ソフトの GIMP の方が後発だ。そのため、GIMP という名称を不快と思う人がいたり、指摘したりすることは的外れではない。

 GIMP の名称を変えようという提案もされており、この提案に対して開発チームは公式に回答している。以下、その抜粋を日本語訳する。

> Q. 私は GIMP という名称が嫌いです。変える気はないですか?

>

> A. 失礼ながら、「いいえ」と私たちは答えます。

>

> GIMP という名前は20年以上使用されており、広く知られています。

>

> 名前は元々(そして今も)頭字語でした。「gimp」という言葉は、一部の文化では攻撃的に使用できますが、それは私たちの意図ではありません。

>

> それに加えて長期的には、「言語の滅菌」は良いことよりも害になると感じています。 GIMP は、「gimp」という単語の使用と比較して、検索エンジンの結果で長い間非常に人気があります。(略)

>

> 最後に、「GIMP」という名前についてまだ強い思いがある場合は、自由に長い形式の GNU Image Manipulation Program の使用を促進するか、GIMP をフォークしてブランド変更するソフトウェアの自由を行使してください。

 GIMP はオープンソースで配布されている自由なソフトウェアだ。名前を改変して、独自の版を作ることができる。だから名称が気になるなら、別の名前の版を作れと結んである。

 このQ&Aで注目したいところがある。それは「GIMP は、gimp という単語の使用と比較して、検索エンジンの結果で長い間非常に人気があります。」という部分だ。『パルプフィクション』が公開された頃は「GIMP」はまだ存在しなかった。それから20年以上を経て、単語の意味は上書きされた。

 こうした「意味の上書き」は、インターネットとグローバル化の中で加速している。そうした話を、今回は書く。

◆OKサインの文脈 上書き問題

 去年のことだが、指で作るOKサインが、白人至上主義の印(WP = White Power を表すサイン)であるとして話題になった。フロリダ州にある「ユニバーサル・オーランド・リゾート」で、このサインを使って差別をおこなったとして、従業員が解雇されている(参照:南龍太氏のYahoo!ニュース個人、ニューズウィーク日本版)。

 反差別を訴えるユダヤ系団体「名誉毀損防止連盟(Anti-Defamation League、略称 ADL)」にも、このOKサインの情報が掲載されている。そこには、4ch発のデマが発祥だという情報がある。

 このOKサインが White Power の隠語であるという文脈は、人工的に作り出された。元々は、ポリティカル・コレクトネスを過剰に求める風潮を皮肉るジョークだった。そのジョークを、匿名掲示板 4chan のユーザーたちが面白がり、真実として定着させようとした(参照:WIRED.jp)。その結果、OKサインが差別の象徴として、意味が上書きされてしまった。

 短期間で発生して定着した意味だが、インターネットを通してグローバルに拡散した。そのため大きな影響が出ている。シカゴの高校では、2018年度の卒業アルバムを作り直すと発表した。OKサインをして写真に写っている生徒たちが、将来差別主義者として糾弾されないようするためだ(参照:ニューズウィーク日本版)。

 一度でも悪い意味が付いた言葉やサインは、社会から洗浄されてしまう。その一例と言える。

◆「Asian」や「teen」がGoogle検索できなくなる

 2020年の2月の話題だが、iOS でペアレンタルコントロール機能を利用すると、「Asian」や「teen」が Google で検索できなくなるという現象が話題になった。ペアレンタルコントロール機能により、成人向けWebサイトへのアクセスが制限された。その結果、「Asian」や「teen」という言葉が禁止されたのだ(参照:Charlie Stiglerさんのツイート)。

 なぜ Asian なのかは、成人向けWebサイトの検索で、よく使われている言葉だからだろう。世界最大のポルノサイトである Pornhub では、毎年統計情報を公開している(参照:Pornhub Insights)。このサイトでよく検索されている単語を、1位から順に掲載しよう。

1位 japanese

2位 hentai

3位 lesbian

4位 milf

5位 korean

6位 asian

 teen は12位にランクインしている。機械的に単語と行動を結びつけた場合、こうしたトラブルが起きると推測できる。

 同様の方法で、ある特定の国や民族の名称、身体的な特徴が、性的であるとしてネットから排除されたらどうなるだろうか。大きな問題になることは想像に難くない。

 言葉の意味は、このように機械的に上書きされることもある。こうしたことは、今後も起き続けるだろう。

◆グローバル時代の言葉狩り、文化狩り

 言葉やサインの意味が上書きされて、それらが社会から排除されていく。インターネットとグローバル化により、その傾向が加速していく懸念がある。

 元々言葉やサインは変容するものだ。また、放送禁止用語などのNGワードなどもあり、社会から自主的に排除されてきた。今以上に次々と言葉が規制されて利用できなくなったらどうなるか。そうした思考実験は、既に1949年に刊行された小説でおこなわれている。ジョージ・オーウェルの『1984年』だ。同作品は日本語訳されたものをWebで読める。小説として面白いので、未見の人は読んでみるとよいだろう。

 『1984年』には、全体主義体制国家が管理している言語『ニュースピーク』が登場する。この言葉は、頻繁にアップデートされて、党に不都合な単語や、個人の思考を手助けする言葉などが使用禁止になっていく。その規制に合わせて、過去の記録や作品も改竄されていく。

 人間は、言葉に概念を濃縮させることで、複雑な思考を実現可能になった。それは、細胞が集まり、複雑な臓器ができて、人体を構成するのに似ている。そうした臓器が解体されると人間という存在は維持できなくなる。意識も似ており、思考のツールである言語が解体されると、疑問や疑念を上手く言葉にできなくなる。また、その言葉が成立した歴史的な経緯も忘れられていく。

 多くの場合、言葉やサインには重層的な意味がある。辞書を引いたことがある人は思い出して欲しい。各単語には複数の意味が書いてある。それらは時代によって、意味が変化したり、追加されたり、上書きされた過程の履歴でもある。

 言葉やサインを封印するのは簡単だ。インターネットなら機械的にフィルタリングすることも可能だろう。しかし排除の理由が、言葉やサインが持つ、重層的な意味の「一部」だったらどうか。排除が安易に繰り返された結果、様々な文化が失われたとしたらどうだろう。

 情報技術が発達して、多くの人が情報発信できるようになった。そして、ヘイトスピーチが瞬時に世界中に拡散する時代になった。悪意ある発言の害を止めるために、言葉やサインのフィルタリングは、コスト面で有用な方法だろう。

 しかし、それは手放しの善ではないことは知っておく必要がある。そして願わくは、安易に排除するのではなく、アクセス可能な状態で分別するべきだ。人間の死刑に冤罪があるように、言葉の死刑にも冤罪がある。機械的なフィルタリングの問題は、今後もやむことはないだろうと考えている。

<文/柳井政和>

【柳井政和】

やない まさかず。クロノス・クラウン合同会社の代表社員。ゲームやアプリの開発、プログラミング系技術書や記事、マンガの執筆をおこなう。2001年オンラインソフト大賞に入賞した『めもりーくりーなー』は、累計500万ダウンロード以上。2016年、第23回松本清張賞応募作『バックドア』が最終候補となり、改題した『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』にて文藝春秋から小説家デビュー。近著は新潮社『レトロゲームファクトリー』。2019年12月に Nintendo Switch で、個人で開発した『Little Bit War(リトルビットウォー)』を出した。

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