「第3の消毒薬」として注目を集める次亜塩素酸を、化学者が両手を挙げて容認できないワケ

「第3の消毒薬」として注目を集める次亜塩素酸を、化学者が両手を挙げて容認できないワケ

Squirrel_photos via Pixabay

◆第三の消毒薬が求められる背景

 これまでに高濃度のエチルアルコール(エタノール)などの消毒用アルコールと次亜塩素酸ナトリウム(キッチンハイター) という古典的な消毒薬についてご紹介してきました。本来、エタノールの安価且つ潤沢な供給が行われれば、これら二つの一般的な消毒薬で事は足ります。

 しかし、水回り以外で広汎に使えるエタノールが、国内には莫大にあるにもかかわらず本質からかけ離れたくだらない理由で市中から姿を消してしまっていることはシリーズ第5回と第6回で指摘したとおりです。

 このため市民は、消毒用アルコールに代わり手指消毒にも使える消毒薬を探して右往左往しているのが現状です。優れた有資格技能者として徹底的に訓練され、職場も手洗いに最適化されている医師や看護師ならともかく、市民に日常生活、仕事のなかで「手を洗おう」(BBCによれば少なくとも20分に一回の頻度)などと呼びかけところで安普請のスローガンでしかありません。なお現代医療において医者は、「手を洗って当然*」の職種ですので「手を洗う医者」などとネットで主張したところで、「犬はワンと鳴く」と言うのと変わらず、筆者は日々こみ上げる笑いをこらえることに苦労しています。実は、医療関係者よりも合成化学者の方がより高頻度に手を洗います。油断すると手が破壊されますし最悪の場合、悶絶して死にます。

〈*消毒と同じく、手洗いも古くて新しい技術で、医療現場への手洗いの導入は、19世紀中頃イグナッツ・ゼンメルワイスによるものであって200年の歴史すらない。手洗いは当時の医学界の権威主義により否定され、イグナッツ・ゼンメルワイスは、失意のために精神を患い、入院先での職員による暴行によって死去している。(参照:”手洗いの大切さ、発見したが報われなかった不遇の天才医師”2020/03/10ナショナルジオグラフィック日本版、”感染制御の父 イグナッツ・ゼンメルワイス” 日本BD)〉

 アルコールが市中から消えている以上、現実問題として、安全かつ安価で十分な殺菌能力がある消毒薬が求められる事は当然です。そういったなか、次亜塩素酸が着目されています。

◆化学的にも社会的にも複雑怪奇な次亜塩素酸

 次亜塩素酸は、分子式HClOですが、実際にはH-O-Clという分子構造をしています。化学者なら、曲がっていそうな構造と一目で分かりますが、実際にそうです。そしてこのような構造の分子は、水を代表に面白い性質を示します。

 次亜塩素酸は、食塩水や塩酸を電気分解することによって得られますが、同様にアルカリイオン整水器でも電気分解によって隔膜を隔てて陽極側に酸性水として次亜塩素酸水が得られます。アルカリイオン整水器の場合、塩素の供給源は水道のカルキです。製品によっては塩素供給のために食塩を加えることもあります。従って、井戸水などでは、そのままでは機能しません。流通している「次亜塩素酸水」は、食塩水を隔膜式電気分解装置で電気分解した陽極側の酸性水で、有効塩素濃度10〜80ppmのものが該当します。

「次亜塩素酸水」という名称は、食品衛生法施行規則(昭和23年厚生省令第23号)および食品、添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号)によって定義が「塩酸又は塩化ナトリウム水溶液を電解することにより得られる,次亜塩素酸を主成分とする水溶液である。」と定まっています。この場合、有効塩素濃度は10〜80ppmのものとなりますので、「次亜塩素酸水」と称するものは、有効塩素濃度が水道蛇口の50〜100倍程度と低く、pH4〜6程度の弱酸性となります。

 高濃度次亜塩素酸と称する製品は、有効塩素濃度200ppm以上ありますがこれらは製法が異なります。次亜塩素酸ナトリウム(pH9)に塩酸を加えることにより中和し次亜塩素酸とします。このとき大量の塩素が発生しますが、製品の次亜塩素酸からも塩素臭がします。この製法の違いから概ね200ppm以上、数千ppmまで商品として存在する次亜塩素酸は、「次亜塩素酸水」と名乗ることができません。

 しばしば「『高濃度次亜塩素酸』は、『次亜塩素酸水』では無い」という主張が見られ神学論争化していますが、それは省令及び告示上の定義*の問題であって、化学的には本質的におなじ次亜塩素酸です。但し製法上、添加物や不純物には差異が生じます。

〈*次亜塩素酸水の成分規格改正に関する部会報告書(案)2007/03厚生労働省〉

【次亜塩素酸の商品二態】

●次亜塩素酸水 

・食塩水、塩酸の電気分解によってえられるもので有効塩素濃度10〜80ppm pH4〜6の弱酸性が多いがpH3前後の製品もある。

・僅かに塩素臭を持つ場合があるが、水道水と同じく無臭であることが多い・

●(高濃度)次亜塩素酸 

・多くは次亜塩素酸ナトリウムを塩酸で中和したもので有効塩素濃度100ppmを超える。有効塩素濃度200ppm〜5,000ppm一部それ以上の製品が見られる。pH3〜5程度の製品が多いが、pH3以下の場合もある。

・強い塩素臭を持つものが多い。

 次亜塩素酸は、不安定なために製造しても徐々に分解し塩化水素(HCl)や酸素などになってしまいます。また光や熱によっても分解が促進されます。もともと5〜6%と濃度が高く、製造後3年以内の条件付き品質維持*ができる次亜塩素酸ナトリウム(キッチンハイター)に比して、「次亜塩素酸水」は不安定且つ濃度が千分の一程度であること、高濃度次亜塩素酸も不安定且つ濃度が百分の一から十分の一程度である事から、製造後の品質維持期間がかなり短いものとなります。結果、期限を越えたのちの開封時には事実上ただの水になっていることもあり得ます。

〈*花王株式会社 「ハイター」と「キッチンハイター」の希釈の目安 (直射日光にあたる場所や高温での保管をしていない場合)〉

 次亜塩素酸塩である次亜塩素酸ナトリウムNaClOは、水溶液中でほぼ完全に電離しますので、Na+とClO-の陽イオンと陰イオンとして存在します。

 一方で次亜塩素酸はpHによって電離度が大きく変わりH+、ClO-、HClO、Cl2とイオンや分子など様々な化学形態で存在します。

 図を見るとよく分かるのですが、次亜塩素酸ナトリウムは、pH9以上でほぼ完全に電離するためにClO-(陰イオン)が有効塩素として働きます。

 ところが次亜塩素酸の場合、商品として多く見かけるpH4〜6程度のものは、電離度が低いために殆どの有効塩素がHClO(分子)として存在します。

 次亜塩素酸類は、漂白、殺菌作用がその強い酸化力によって行われますが、次亜塩素酸と次亜塩素酸ナトリウムでは、その働きを持つ有効塩素の化学形態が異なります。これは化学的にとても面白く、理学部化学系や家政学部食品・環境系の卒論、修論としてはワクワクする古くて新しい研究対象です。だれかやらんかの?

◆新型コロナ対策へは「判断保留」せざるを得ない

 次亜塩素酸の商業的利用例としてよく知られるのはサンヨー(現ハイアール・AQUA)の電解水洗濯機です。残留塩素のあるプールや工場などの配管を洗浄する際に電解すると配管の汚れがゴッソリと落ちるという工場での経験則から開発されており、開発背景がたいへんに工学的です。この「先ずはやってみてできたらエエがな」という研究手法が認められるのが工学の面白さなのですが、理学研究者にはこれが絶対に納得できない人も多く見られます。

「次亜塩素酸水」は、アルカリ電解水の副産物として幾らでもできますのでもともと不要なものですからこれに殺菌などの機能があれば商品化の動機は強く働きます。家庭用のアルカリイオン整水器でも排水側のpH5〜6程度の次亜塩素酸を「アストリンゼント水」として化粧水としての付加価値を付けています。人畜無害とされますが、筆者は水槽の水質調整用にアルカリイオン整水器のアルカリ水と酸性水を用いたところ、お魚は無事でしたが、水質の変化に弱いエビは壊滅してしまいました。

 この次亜塩素酸には強い酸化力が故に経験的に殺菌・消毒剤としての機能が期待され、厚労省や経産省からも報告がでていますがこれらについては、次回ご紹介します。

^ 近年では、弱酸性で皮膚への刺激が少ないことから手指消毒ができる汎用消毒剤として販売される事例が多く、また食品工業、生鮮食品店で次亜塩素酸製造装置を導入し、安価または無料で「次亜塩素酸水」を配布する事例もみられます。現在の新型コロナウィルス禍においてもアルコールの入手できない市民や組織へ勧める光景も見られます。

 「次亜塩素酸水」が、安定して十分な消毒能力を持ち、とくに現在は、新型コロナウィルスに「効果はバツグン」であることが担保されるならば筆者は次亜塩素酸を消毒用アルコール類の代用品としてお勧めできるのですが、現状ではその判断を留保するほかありません。

 理由は、次亜塩素酸の細菌、ウィルス類、とくに現在は、新型コロナウィルスへの効果、効果があるとしてその次亜塩素酸の濃度、作用時間、品質維持条件についてはっきりとした合意が得られていないためです。このため次亜塩素酸は、長年にわたり代表的なニセ科学インチキ商品論争となっています。これに事業者側の製品のなかには科学的にも工学的にも疑問を持つほか無いものがあることも加わり、論点が何処にあるのか非常に分かりにくいマラソン論争に陥っています。

◆先ずは仮の結論。新型コロナ禍で次亜塩素酸水溶液は使えるのか?

 この次亜塩素酸の消毒効果については非常に長くなりますので、ここでは仮の結論を出して詳細は次回とします。

 現状では、「次亜塩素酸水」のコロナウィルス、エンベロープウィルスへの効果および容量についての合意は暫定的であっても得られているとは言いがたく、公衆衛生および感染症防御の手段としては、筆者はお勧めできません。

 一方で、有効塩素濃度500ppm以上の高濃度次亜塩素酸水溶液については、キッチンハイター(次亜塩素酸ナトリウム)希釈液と同様に使えると考えています。

 手指消毒については、500ppm以上の高濃度次亜塩素酸水溶液が使えるか否かについては、判断を留保します。筆者のように毒劇物を手づかみしてきたようなアブない人間には大丈夫であっても、広く人々に安全であるかを判断できる材料が見当たらないからです。

 筆者は、次亜塩素酸水溶液については、個人としては使ってみたいと考えていますし、たいへんに好意的です。しかし筆者は高濃度アルコールを十分に備蓄していますので手指消毒などに次亜塩素酸を全く必要としません。

 一方で第三者にお勧めする場合は、学術的合意または所轄官庁=厚労省による合意ないし合意可能な資料の公開が必須と考えています。感染症防御において消毒は確実でなければならず、効果に問題のあった場合、それは防疫に大穴を開け、個人と集団を重大な危機に晒します。とくにCOVID-19は、感染症としては1918パンデミック=スペインかぜに匹敵、または凌駕する極めて危険な感染症である可能性があり、防御手段への確実性が強く求められます。

 次回ご紹介しますが、厚労省の研究報告などをみても「次亜塩素酸水」は、カビや細菌などにたいへんに優れた効果を示しているのですが、ウィルス(ノロウィルス)には殆ど効果を示していません。ノロウィルスはノンエンベロ−プウィルスですのでエンベロープウィルスであるコロナウィルスと挙動が異なる可能性がありますが、筆者はより安全な側へ判断をとります。理由は、判断を誤ると個人と集団の生命と健康が脅かされかねないからです。

 2020年05月01日に経産省の外郭団体であるNITE(製品評価技術基盤機構)が発表した委託評価事業の報告によれば「次亜塩素酸水」は、コロナウィルスへの効果がたいへんに高いとされていますが、資料はパワーポイントだけですし、非公開資料があるなどとても感染症防御における公的合意を得られる資料とは筆者には考え難いです。

 そもそも経産省は、厚労省のシマ荒らしをする前に、いまだに不作為を貫いている一般アルコールの感染症防御向け解放という仕事があります。それさえ行えば、消毒薬問題など「パパッと解決」することです。

 そもそも人命に深く関わる規制である消毒・殺菌剤の性能評価を経産省が行ったところで、極めて強いバイアスがかかり、のちに深刻な遺恨を残すであろうことは、これまでの原子力行政(福島核災害の共同正犯は経産省)、石炭・炭鉱行政他、市民の死体の山と瓦礫の山を残してきた様々な大失敗の歴史が物語っています。

 業界団体、業者の資料・広告、事業者と共同研究した学者のインタビューなどには客観性が全くありませんので今回の場合、いくら積み上げても全く意味がありません。研究者による新聞発表や学会発表は、それが学術的合意を得たことを意味しません。その前段階である、「何かやったよ」という合意を得るためのスタートラインに立ったに過ぎません。

 筆者は、次亜塩素酸水溶液をまがい物、インチキ品などとは考えていませんし、たいへんに魅力的と考えますが、そうであっても個人と集団の人命と健康が関わる以上、客観的且つ学術的合意か厚労省などの健康・保険行政の所轄官庁による合意または合意を得られる資料の公開は最低限必要なことです。それがない以上、現時点では公衆衛生および感染症防御の手段としては、筆者はお勧めできません。

 この稿、長くなってしまいますが、筆者が読み解いてきた厚労省や経産省の資料をご紹介し、筆者がこの判断に至った過程を論じます。

◆コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」新型コロナ感染症シリーズ9

<文/牧田寛>

【牧田寛】

Twitter ID:@BB45_Colorado

まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題についてのメルマガ「コロラド博士メルマガ(定期便)」好評配信中

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