新型コロナウイルスの変異種「B.1.1.7」、これまでわかってきたこと

新型コロナウイルスの変異種「B.1.1.7」、これまでわかってきたこと

画像はイメージ(adobe stock)

◆変異種の感染が拡大

 英国で、新型コロナウイルスの変異種「B.1.1.7」が広がっています。日本でも、英国からの帰国者に変異種が確認され、世界中からの外国人の新規入国が一時停止となりました。

 米国では、疾病予防管理センター(CDC)が、「英国からの旅行者は、米国行きの飛行機に搭乗する3日以内に、検査でウイルスの陰性を確認しなければならない」という条件を発表しました。この条件は昨年12月28日から発効されましたが、CNNは「CDC(自身)の研究者によると、渡航の3日前に検査しても、ウイルスが広がるリスクはわずか5〜9%減るだけ。あまり成果がないだろう」と批判していました。

 ペンシルベニア大学感染症専門医ポール・オフィット博士は、「新しい要求は、蚊を防ぐために金網のフェンスを設置するようなもの」、ベイラー医科大学感染症専門医ピーター・ホテズ博士は、「新しい変異種は、3か月前に英国で登場し、おそらくすでに米国にいる」とコメントします。

 CDCは、12月22日の時点で、この変異種は米国内で特定されていないが、すでに米国にいるだろうと述べています。案の定、その後の調査で、2021年1月11日現在、米国内10州で72人に変異種が確認されています。

◆「ゲノム監視」、世界をリードする英国

 2020年12月22日のニューヨークタイムズ(NYT)の社説は、こう指摘しました。

「新たに発見された変異は、英国でのみ検出されました。これは、英国の科学者が、世界で最も多くのシーケンス(塩基配列決定技術)を行っているためです。世界7000万を超える新型コロナウイルスの症例のうち、遺伝子配列がわかっているのはごくわずか。つまり、この変異種は、他の国で見逃されている可能性があります」

「米シアトルのフレッドハッチンソンがん研究センターで、シーケンスの取り組みを主導しているトレバー・ベッドフォード教授によると、2020年12月1日以降、英国では3,700を超える新型コロナウイルスの症例のシーケンスをしましたが、米国では40症例未満」

「米政府は、ゲノムサーベイランス(ゲノム監視)を強化する必要がある」

 CDCによると、現在公開データベースにある約275,000の全ゲノム配列のうち、英国は最も多く、125,000件の遺伝子配列を解析しました。世界中で決定された遺伝子配列の、およそ半分を占めます。一方、米国は約51,000件のみです。多くの国では、シーケンスをほとんど、あるいは全くしていません。

◆なぜ、ゲノム監視が重要なのか

 シークエンスにより、ウイルスの全ゲノム(設計図)が解読できます。新型コロナウイルスは一本鎖のRNAウイルスで、そのゲノムは約3万塩基(塩基は、A、C、G、Uという4文字で表され、それらの塩基が約3万文字つながっている)から作られています。ウイルスは、ゲノムの情報をもとに自己複製を繰り返しますが、その際ミスが起こり、塩基が別の文字に入れ替わったり、一部が欠けたりする(変異)ことがあります。これはRNAウイルスの性質で、ほとんどの変異は、感染力などウイルスの特徴に、大きな影響はありません。

 ただし、特定のタンパク質を作る遺伝子に変異が起こると、ウイルスの構造や性質が変わり、感染力が変わったり、治療やワクチンが効かなくなるなどの可能性があります。

 シークエンスによって、こうした変異を監視できます。そこで科学者らは、「ゲノム監視」と呼ばれるシークエンスを絶えず行い、変異種をリアルタイムに追跡し、ウイルスがどのように進化しているかを突き止めます。

 ゲノム監視で、新しい変異種を見つけることができ、その変異種がどのくらい広がっているか、別の場所にも広がっているか、特定のクラスターでの相互関係(例えば、病院でクラスターが発生した時、医療スタッフと患者がお互いに感染したのか、それとも外部から感染が入ったのかなどの感染経路)を知るのに役立ちます。

 12月20日の「サイエンス」に、英バーミンガム大学ニック・ロマン教授は、「私たちはゲノムを非常に密に監視しているので、ほとんどすべてのステップを見ることができます」というコメントを寄せました。

 また、ゲノム監視は、政府が旅行制限を実施することを決める手段になります。たとえば、問題の変異種が、すでに米国で広がっていれば、旅行制限の価値はなくなります。NYTの社説は、「現在の状況は、武漢でウイルスが最初に検出されたパンデミックの初期の頃を彷彿とさせる。当時、米政府は、ウイルスがすでにヨーロッパ全域に広がりっていることに気付かずに、中国からの訪問者に対する旅行禁止を制定した」と指摘します。

◆「B.1.1.7」の気になる変異

 前述の「サイエンス」によると、新型コロナウイルスの塩基は、月に約1〜2カ所のペースで変異を蓄積しています。つまり、今日シーケンスされたゲノムの多くは昨年1月に中国でシーケンスされた最初のゲノムとは約20カ所異なりますが、変異の少ないものも出回っています。

 ところが、変異種「B.1.1.7」は、一度に17ものアミノ酸基の変異を獲得しました。科学者たちは、ウイルスが一度に十数以上の変異をするのは見たことがありません。

 そこで科学者らは、「B.1.1.7」は感染しやすいかどうか、症状が重くなったり軽くなったりすることがあるか、もしそうなら、その原因は何か、さらに「B.1.1.7」はどのように進化したのか追跡し、ワクチンや治療の効果に影響するか調査しています。

 「サイエンス」によると、懸念される理由の1つは、「B.1.1.7」の17の変異のうち、ウイルス表面にあるスパイクタンパク質を作り出す遺伝子に、8つの変異があり、そのうちの2つが特に気になることです。

 新型コロナウイルスは、表面に突き出たスパイクタンパク質が、人間の細胞の表面にあるアンジオテンシン変換酵素2という受容体(ACE2)に結びついて、細胞に入り込みます。「B.1.1.7」の「N501Y」と呼ばれる変異は、スパイクタンパク質のACE2に結合しやすくなることが以前に示されています。もう1つの「69-70del」という変異は、一部の免疫不全患者で免疫反応を逃れることが見つかっています。

 他にも気になる変異があります。例えば、P681Hという変異は、スパイクタンパク質がヒト細胞に入るときに切断する部位を変えます。つまり、これらの変異は感染力を高めるおそれがあります。

◆感染力が強いが、病気の重症度への影響はない!?

 ロンドン大学衛生熱帯医学大学院のニコラス・デイビス博士らのモデルによる、12月23日の報告によると、「B.1.1.7」は、従来のものよりも感染力が56%も高いと推定(英政府は70%と推定)され、感染の発生率が大幅に増える可能性があること、ただし従来のものより重症度が高い、あるいは低いという証拠はないことが示されました。

 デイビス博士らは、「学校や大学の閉鎖など、新しい管理措置が必要になる可能性がある」「ただし、それでも十分ではなく、ワクチン接種を大幅に加速する必要がある」「ワクチンの展開なしだと、2021年の入院と死亡は、2020年を超える可能性がある」ことを警告しました。

 ただし、この研究は、まだ科学雑誌による査読を受けていません。明確な答えを知るには、数か月かかる場合があります。

 さらなる懸念は、南アフリカの変異種です。科学者らは、症例が急増している3つの州、東ケープ、西ケープ、クワズールナタールにおけるゲノムの配列を解析しました。すると、「N501Y」変異もある、英国の変異種とは別の系統を特定しました。「サイエンス」に、クワズールナタール大学のウイルス学者トゥリオ・デ・オリベイラ博士は「この変異種は、はるかに速く広がっているようです」と述べます。

 そんな中、英ケンブリッジ大学のウイルス学者ラヴィンドラ・グプタ教授は、変異種についての研究を進めています。

◆「B.1.1.7」はどこから来たのか

 12月23日の「サイエンス」によると、2020年6月、グプタ教授は、新型コロナウイルスに感染したため、5月から地元の病院に入院しているがん患者を知りました。患者は再発したリンパ腫の治療を受けており、B細胞を枯渇させる薬剤であるリツキシマブを投与されていました。

 患者は、新型コロナウイルス感染症の治療のため、抗ウイルス薬レムデシビルと、新型コロナウイルスに対する抗体をもつ患者の血漿2回の投与を受けましたが、診断から101日後の8月に亡くなりました。グプタ教授が、患者に感染したウイルスのゲノム配列を解析すると、免疫を逃れることを可能にしたかもしれない、いくつかの突然変異を見つけました。

 免疫抑制薬を服用している、化学療法で治療しているなどの理由で免疫系が弱まっている患者は、ウイルスが数か月体内にとどまる可能性があります。すると、ウイルスが長期間、体内で複製するときに、多くの変異を蓄積し、ウイルスが進化する可能性があります。

 グプタ教授は、「B.1.1.7」も、長期に感染した免疫不全患者に由来している可能性があると考えています。

◆ワクチンの効果は?

 英国医師会雑誌の報告によると、「B.1.1.7」は、3つの主要なワクチンが標的としているスパイクタンパク質の変異がありますが、ワクチンはスパイクタンパク質の多くの領域に対する抗体を作るため、効果が下がる可能性はほとんどありません。

 ただし、時間の経過とともに、より多くの変異が発生するにつれて、ワクチンを変更する必要がある(ここでもゲノム監視は鍵になります)かもしれません。季節性インフルエンザでは、毎年変異が発生し、それに応じてワクチンが調整されます。新型コロナウイルスは、インフルエンザウイルスほど速く変異することはなく、これまでの試験で有効であることが証明されているワクチンは、必要に応じて簡単に調整できるタイプです。

 これまでと同じように、手洗い、マスクの着用、身体的な距離を置くこと、集まりを避けて換気をよくすることを続けましょう。また、日本でも、ゲノム監視が強化されることを期待します。

<文/大西睦子>

【大西睦子】

内科医師、米国ボストン在住、医学博士。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部付属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月より、ボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。08年4月から13年12月末まで、ハーバード大学で、肥満や老化などに関する研究に従事。ハーバード大学学部長賞を2度授与。現在、星槎グループ医療・教育未来創生研究所ボストン支部の研究員として、日米共同研究を進めている。著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)、『「カロリーゼロ」はかえって太る!』(講談社+α新書)、『健康でいたければ「それ」は食べるな』(朝日新聞出版)がある。

関連記事(外部サイト)