宝石バチに“ロボトミー手術”されたゴキブリの切ない末路 【えげつない寄生生物】

 ゴキブリを奴隷のように支配したり、泳げないカマキリを入水自殺させたり、アリの脳を支配し最適な場所に誘って殺したり――、あなたはそんな恐ろしい生物をご存じだろうか。「寄生生物」と呼ばれる一見小さな彼らが、自分より大きな宿主を手玉に取り翻弄し、時には死に至らしめる様は、まさに「えげつない!」。そんな寄生者たちの生存戦略に、昆虫・微生物の研究者である成田聡子氏が迫るシリーズ「えげつない寄生生物」。第2回は「ゴキブリを奴隷化する宝石バチ」の続きです。

■ぼーっとするゴキブリ


 他の昆虫やクモ類などを捕らえて巣に持ち帰り、自分の子どもの餌にするハチは「狩りバチ」と呼ばれます。これらのハチは、獲物を持ち帰る際、1発の毒で獲物を仮死状態にして巣に持ち帰ります。つまり、お持ち帰りできる大きさの獲物を狙います。

 しかし、エメラルドゴキブリバチの獲物は自分の体よりも何倍も大きいワモンゴキブリです。仮死状態になってしまったら自分の力では、巣に持ち帰ることができません。そのために、仮死状態にはせず、より複雑な毒を組み合わせて、獲物を自分の足で歩かせるのです。

 では、2回目の毒を脳に注入されたゴキブリのその後を見ていきましょう。ゴキブリは麻酔から覚めると何事もなかったように起き上がります。ほぼ無傷で元気に生きてはいます。しかし、1回目の毒を注入された時と違い、もう暴れたり逃げようとしたりはしません。それは、少し前にもお話しましたように、逃避反射を制御する神経細胞に毒を送り込まれているからです。逃げる気を失ってしまったゴキブリはまるでハチの言いなりの奴隷です。ゴキブリは自分の足で歩くことも出来ますし、普段通りの身づくろいなど自分の身の回りのことをすることも出来ます。ただし動きが明らかに鈍く、自らの意志ではほとんど動きません。このように2回毒を注入されたゴキブリは約72時間、遊泳能力や侵害反射が著しく低下しますが、一方で飛翔能力や反転能力は損なわれていないことが研究により明らかとなっています。


■大事な触角が!


 ただ、ぼーっと突っ立っているゴキブリを見ると、エメラルドゴキブリバチは、さらに、ゴキブリに酷いことをします。ゴキブリの触角を2本とも半分だけ?み切るのです。ゴキブリの触角は、人間の想像以上に大切な器官です。この触角を頼りに生活しているといっても過言ではありません。まず、この触角で障害物を察知しています。触角に感じる風の動きや刺激によって、障害物があるのかないのかを認識し、それによって自分の進む方向を決めています。また、餌を探すときにも触角を使います。あの長い触角をフリフリさせて、餌を察知します。

 そんな大切なゴキブリの触角をエメラルドゴキブリバチは容赦なく真ん中から切り落とします。切り落とされた触角からは当然、ゴキブリの体液が溢れます。ハチはこの体液を吸う行動を見せます。

 この行動はハチが単に自分の体液を補充するため、あるいはゴキブリに注入した毒の量を調節するためであると考えられています。毒が多すぎるとゴキブリが死んでしまい、また少なすぎても逃げられてしまうからです。

 この脳に対する毒の注入と、それによる行動の制御は、まさに人間でおこなわれた“ロボトミー手術”のようです。


■人間で実際におこなわれていた恐ろしい脳手術


 脳の前頭葉の一部を切除あるいは破壊するロボトミー手術は、1935年にアントニオ・デ・エガス・モーニスという神経学者が考案した療法です。興奮しやすい精神病患者や自殺癖のある鬱病患者にこの手術をおこなうと、感情がなくなり、おとなしくなりました。そのため、この手術が精神疾患に絶大な効果があるとされ、この手術の開発の功績によってモーニスはノーベル賞を受けています。そして、その後、20年以上世界で大流行し、日本でも1975年までおこなわれていました。

 ロボトミー手術は「脳を切り取る手術」のため、頭蓋骨に穴をあけて長いメスで前頭葉を切る方法や、眼窩からアイスピック状の器具を打ち込み、神経繊維の切断をするといった方法がとられました。

 しかし、1950年代に入ると、この手術の恐ろしさが徐々に明るみに出てきます。ロボトミー手術を受けた患者は、知覚、知性、感情といった人間らしさが無くなっているという後遺症が次々と報告されました。そのため、1960年代には人権思想の高まりもあってほとんどおこなわれなくなりました。

 日本では1942年に初めて行われ、第二次世界大戦中および戦後しばらく、主に統合失調症患者を対象として各地で施行されました。その間に日本でも3万人から10万人以上の人が手術を受けたと言われています。さらに、日本では、このロボトミー手術を受けた患者が、同意のないまま手術をおこなった医師の家族を、復讐と称して殺害した事件まで起きています(ロボトミー殺人事件)。


■犬の散歩ならぬゴキブリの散歩


 話を哀れなゴキブリに戻しましょう。ロボトミー手術のようなことをされたゴキブリは、逃げる気を失い、触角を半分切り取られてもぼんやりとしており、本来の機敏さもありません。そして、エメラルドゴキブリバチがゴキブリの触角をちょいちょいと引っ張ると、その方向にゴキブリは歩いていきます。まるで犬の散歩のようです。そして、ハチの促すままにある場所へと自分の足で歩いていきます。

 着いた場所は、真っ暗な地中の巣穴です。これはエメラルドゴキブリバチの母親が、自分の子どもを育てる場所として事前に作っておいた巣です。ゴキブリは自分の足で歩いて巣穴の奥深くに到着すると、長径2ミリほどのエメラルドゴキブリバチの卵を肢に産み付けられます。その間もゴキブリはじっとしています。

 卵を産み付け終わると、ハチは地中の巣から自分だけ外に出ます。そして、外側から、巣穴の入り口を土で覆います。これは、自分の卵とその卵を産み付けられたゴキブリが他の捕食者に見つからないようにするためです。そして、ハチは次の産卵のために、またゴキブリを探しに飛び立ちます。閉じ込められたゴキブリはというと、巣穴の出入り口を塞がれても、相変わらず巣の中でおとなしく待っています。何を待っているのか。それは、もちろん、ハチの子が卵から出てくるのをです。


■身体を食い荒らされてもなお生きる


 ハチの子が卵から孵るまでは3日間程度あります。その間も、ゴキブリは肢の根元についている卵をくっつけたまま、静かに自分の身づくろいなどをして過ごしています。そして、エメラルドゴキブリバチの幼虫が卵から孵ると、ハチの子どもはゴキブリの体に穴を開けゴキブリの体内に侵入していきます。ゴキブリはもちろん生きていますし、そしてある程度自由に動き回れる力も残っていますが、なんの抵抗も示しません。そして、その後の約8日間もの間、ゴキブリは生き続けたまま、ハチの子どもに自分の内臓を食されます。生きたまま食すのには理由があります。このエメラルドゴキブリバチの幼虫は死肉ではなく新鮮な肉から栄養を摂取したいのです。そのため、自分が蛹になって肉を食べなくなるぎりぎりの時期までゴキブリを生かすように食べ進めます。


■死んでもまだ役に立つゴキブリ


 ゴキブリの内臓をたっぷりと食べたエメラルドゴキブリバチの幼虫は、ゴキブリの体内で大きくなり、やがて蛹になります。そして、ゴキブリはハチの子どもが蛹になって体を食べなくなると、その使命を果たし終わり、ひっそりと息を引き取ります。

 しかし、内臓が空っぽになったゴキブリにもまだ役割はあります。内臓は空っぽですが、外側はゴキブリそのものです。そして、昆虫は外骨格といって、外側の殻が最も固く、内臓や筋肉を守っています。エメラルドゴキブリバチはゴキブリの殻の中で蛹になります。ハチの子どもは蛹の間の4週間、動けず完全に無防備な状態です。その間をこのゴキブリの固い亡骸で守ってもらっているのです。

 そして、ハチの幼虫が蛹になって4週間後、成虫となったエメラルドゴキブリバチは、ゴキブリの亡骸を突き破り、美しいエメラルド色の姿で飛び出してきます。


■ゴキブリ対策として、どう?


 エメラルドゴキブリバチの成虫の寿命は数ヶ月あります。そして、ハチのメスがゴキブリに数十個という卵を産み付けるには1回の交尾で十分です。

 じゃあ、衛生害虫としても問題になるゴキブリをエメラルドゴキブリバチにどんどん狩ってもらえばいいのでは? そう思われた方も多いでしょう。もちろん研究者にもそう考えた方はいました。

 1941年、エメラルドゴキブリバチはゴキブリの生物的防除を目的としてハワイに導入されました。結果はというと、残念ながらゴキブリ防除には期待していたほど効果がありませんでした。なぜなら、エメラルドゴキブリバチを大量に放飼しても、このハチは縄張り行動が強いため、広い範囲に広がってはくれませんでした。また1匹あたりで数十個という卵しか産まないため、ゴキブリの繁殖力に比べると歯が立ちませんでした。


■日本にもいるゴキブリを狩るハチ


 エメラルドゴキブリバチは日本には生息していませんが、日本には近縁の2種類のセナガアナバチ属 Ampulex がいます。セナガアナバチ(サトセナガアナバチ)とミツバセナガアナバチです。日本産の2種はエメラルドゴキブリバチよりもやや小ぶりで、体長は15〜18ミリ程度です。

 セナガアナバチは本州の愛知県以南、四国、九州、対馬、種子島に、ミツバセナガアナバチはさらに南方の、奄美大島、石垣島、西表島に生息しています。この2種はエメラルドゴキブリバチ同様体色は金属光沢を持ったエメラルド色で、クロゴキブリ、ワモンゴキブリなどを幼虫の餌とすることが知られています。

※参考文献
Haspel, G., Rosenberg, L. A. and Libersat, F. (2003) Direct injection of venom by a predatory wasp into cockroach brain. Journal of Neurobiology 56: 287-292.
Hopkin, M. (2007)  How to make a zombie cockroach. Nature News, 29 November.
Libersat, F. (2003) Wasp uses venom cocktail to manipulate the behavior of its cockroach prey. Journal of Comparative Physiology A 189: 497-508.
Rosenberg, L.A.,Glusman, J.G.and Libersat, F. (2007) Octopamine partially restores walking in hypokinetic cockroaches stung by the parasitoid wasp Ampulex compressa. Journal of Experimental Biology 210: 4411-4417.

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次回の更新予定日は2019年4月5日(金)です。

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成田聡子(なりた・さとこ)
2007年千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了。理学博士。
独立行政法人日本学術振興会特別研究員を経て、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所霊長類医科学研究センターにて感染症、主に結核ワクチンの研究に従事。現在、株式会社日本バイオセラピー研究所筑波研究所所長代理。幹細胞を用いた細胞療法、再生医療に従事。著書に『したたかな寄生――脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち』(幻冬舎新書) 、『共生細菌の世界――したたかで巧みな宿主操作』(東海大学出版会 フィールドの生物学D)など。

2019年3月18日 掲載

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