「院内感染」を防ぐ切り札「血液抗体検査」の舞台裏

院内感染を防ぐ切り札「血液抗体検査」 厚労省が抗体検査キット未認可で広がらず

記事まとめ

  • 日本で医療崩壊を防ぐ切り札が、コロナウイルスの血液抗体検査だという
  • 厚労省が抗体検査キットを認可しておらず、日本で大規模な抗体検査は実施されていない
  • 気づかないうちに感染した医療従事者が抗体を得て医療現場に復帰している可能性も

「院内感染」を防ぐ切り札「血液抗体検査」の舞台裏

「院内感染」を防ぐ切り札「血液抗体検査」の舞台裏

実際に保険診療の中で広く抗体検査が使われるには、厚労省の認可が必要

■「免疫ライセンス」とは?


「日本でも臨床の現場は逼迫し、医療崩壊が起こる瀬戸際に追い込まれています。しかしこれを防ぐ切り札がある。それはコロナウイルスの血液抗体検査です」

 ある医薬品企業の開発担当者は私にこう語った。そして声を潜めるようにして続けた。

「我が社ではすでにカナダから有望な抗体検査キットを輸入しました。実は今、ある大学病院で効果を見極める評価テストを実施してもらっており、近い将来、販売に向け一段階進められるのではと考えています」

 この抗体検査は、新型コロナウイルスに喘ぐ我々にどういう恩恵をもたらすのか――。

 連日の感染拡大を受けて、軽症や無症状の感染者を病院ではなく、宿泊施設で療養してもらうという受け皿作りが各自治体で進められている。重症患者は感染症指定病院で受け入れ、十分な治療を行おうというわけだ。医療のキャパシティが膨らめば、PCR検査も増やすことができる。

 だが、ワクチンが出来るのは、早くて1年半後。それまで日本の医療が持ちこたえられるか、ギリギリの状況が続いている。

 そんななか、PCR検査と比べれば“脚光”を浴びていなかった医療行為がある。それが抗体検査だ。新型コロナウイルスへの免疫を我々が持ち得ているのか、血液検査で手早く調べる方法である。実は、これこそ、いま最短距離で希望の光をもたらすものなのだ。

 抗体とは大きく5種類に分けられる。そのうち、「IgM」はウイルスが侵入(感染)するとまず出現して、中和、1週間ほどでピークに達するが2カ月経たないうちに消失する。ピークを過ぎたころに今度は「IgG」という抗体が出現し、ウイルスをやっつける。期間として1年前後、血液中に存在するのがこの抗体だ。検査キットでは、この二つの抗体をセットで拾うものが多い。

 すでに海外では先んじて実施されている。

 アメリカでは、4月10日から、カリフォルニア州で大規模に行われていると報じられ、千人を対象に2週間ごとに実施されるという。

 欧州の疾病予防管理センターによると、すでに、EUの全加盟国の安全基準をクリアした製品に与えられる「CEマーク」を取得した検査キットが60以上あるという。通常なら、EU27カ国とEFTA(欧州自由貿易連合)の4カ国で使用可能だ。

 イギリスでは、「免疫パスポート」なるものの発行を検討しているようだ。まさに免疫証明書で、その人は抗体を獲得し免疫をつけているので都市封鎖(ロックダウン)中でも普通の生活に戻ることができる。

 医療崩壊したといわれるイタリアでは、二つの州で、抗体検査が始まったと報じられている。まず2千〜3千人の医療従事者に実施。その後、高齢者施設の従業員や利用者、国民との接触機会が多い職員に対して実施するという。ベネト州知事は、新型コロナの抗体を持つ人が仕事に復帰するための「ライセンス」発行が目的と語っている。

 だが、日本では未だに大規模な抗体検査は実施されていない。厚労省が抗体検査キットを認可(薬事承認)していないからだ。


■「認可が下りれば…」


 私は今回、抗体検査キットを実用化しようとしている冒頭で紹介した担当者に取材することができた。

 その担当者が続ける。

「実際に保険診療の中で広く抗体検査が使われるには、厚労省の認可が必要です。一方、認可の前に研究目的で販売されるケースがあります」

 しかし、そこに至る道は近年になって困難が増しているという。

「検査キットの性能試験、つまり精度のチェックですが、これには患者さんだけでなく健康な人からも血液をいただかねばならない。陽性と陰性がそれぞれ正しく検出されるかチェックするためです。そのため、治療にあたった病院で倫理委員会を開き承認を得なければなりません」(同)

 加えて、患者の同意書も必要であり、これらが揃わないと、データの客観性に疑義が生じる可能性があるという。

 研究目的での販売について、通常は国立感染症研究所や大学病院などが性能(精度)を認めることが重要とされるが、特に法的な規制はなく、研究者と企業の判断で販売できる。精度の悪いものが出回れば、医療現場に混乱を招くわけだが、その点は企業の良心にゆだねられているということか。

「厚労省の認可前ですが、すでに国内では3社ほどが販売していると聞いています。研究目的として最終的には千件前後の抗体検査が行われることになるでしょう」(同)

 抗体検査は小規模ながら、すでに始まっていると考えていい。

 感染者拡大の勢いが激しい欧米では、緊急事態として手続きが簡略化されていると聞く。日本でも厚労省には迅速な対応が求められているが、この担当者は、

「通常ならば、認可まで半年かかることもありますが、今回は、かなり短くできるのではと期待しています。いずれにせよ、認可が下りれば、製造方法は既成のものと変わらないので、我が社では1カ月に数千から数万件分の検査セットは用意できます」

 PCR検査は3月6日に保険適用になり広く使用できることとなった。しかし、実はこの時点ではまだ厚労省により認可された検査キットは出ていなかったのだ。これまでは、認可が下りた後に保険適用されていた。恐らく政権の判断なのだろうが、手続きの順序が逆転したというわけだ。

 抗体検査もそのようになる可能性は高い。この検査は医師が行い、結果が出るまで約15分。かといって、市民が不安に駆られ抗体検査をしてほしいと医療機関に殺到するような事態を招いてはならない。そのためのルール作りと、検査に関わる医療スタッフを守る防護環境を整えなければならないだろう。

 以前、このコロナ特集(「週刊新潮」3月26日号)に掲載された拙稿で、新型コロナウイルスについて、日本全土に広がったのち終息するしかない、封じ込めは無理だろうと、免疫の権威、順天堂大学の元医学部長で現在特任教授の奥村康氏の言葉を紹介した。

 改めてコロナの抗体について、奥村氏に尋ねた。

「普通に健康な人は新型コロナウイルスに感染しても1週間ほどで抗体ができ、快方に向かう。ウイルスに感染して治ったということは、自分の中に抗体ができてウイルスをやっつけたわけです。治癒した人はみなさんその抗体があると考えていい」

 ウイルスが広がり、国民の7割ほどが抗体を持てば終息に向かう「集団免疫」という概念は、最近専門家からも広く聞かれるようになった。では、一度新型コロナウイルスにかかると、通常のインフルエンザのようにしばらくはかからないのだろうか?

「まず、かかりません。もし、抗体の量が少ないためにかかった人も軽く済むでしょう。一度しっかり抗体ができれば1年前後は再感染しないといえます」

 日本では現在、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号乗船者、武漢からのチャーター機帰国者、そして国内でと、感染から治癒し退院した人が毎日増え続け、約1500人に上る。

「気づかないうちに感染し治ってしまって、抗体を持っている人が徐々に増えていると思います。特にウイルスにさらされる機会のある医療従事者に多いのではないでしょうか」(同)


■医療崩壊を回避


 現在、新型コロナウイルスに感染した医療従事者は全国で200人以上と推計される。世界全体では、WHOの発表によると8日までに何と2万2073人だという。

 抗体という視点で見れば、こうした数字も意味が違ってくる。治癒した彼らが抗体を得て医療現場に復帰することになるのだ。

「例えば、抗体を持った医療従事者から持たない者へ防護装備の一部を融通したりもできる。その分、損なわれた医療システムが回復、より充実していくのではないでしょうか」(奥村氏)

 抗体検査が広く行われ、免疫を持つ人が増えれば、医療崩壊を回避する強力な武器になる。抗体を持つ者が医療現場の前面に出て、持たない者が後方支援するなど、病院としての人事的対応を含め、機動力が増すはずだ。

 他にも、今後、例えば500人の医師の集団を抗体検査し、そのうち何割がすでに抗体を持っているかが分かれば、この新型ウイルスについて感染力の強さや重症化しない割合など、より詳しく解析し、正体に近づくことができるはずだ。

 先の担当者が再び語る。

「今、大学病院で評価中である我々の抗体検査キットの精度が認められれば、一日も早く厚労省の薬事承認を受けたうえで、広く販売したいと考えています」

 この医薬品企業は研究目的の販売には一歩距離をおいた慎重な姿勢だが、他にも、抗体検査を活用する方法がある。

 現在、各自治体では軽症者や無症状者を隔離する施設を借り上げるのに担当者が奔走している。大阪府では公募に対しホテルなど約2万1千室の応募が寄せられたと吉村知事が会見で述べた。感染者の世話や重症化した人のケアと医療機関への搬送など、施設には行政職員、看護師または保健師、ホテルスタッフらが入ることになるという。

 無症状・軽症者であれ、感染を拡げる可能性がある限りは、世話にあたるスタッフは十分な防護装備を身に着けなければならない。万が一にも、そうした宿泊施設が新たな感染拡大の拠点になってはならない。不安なスタッフに対する心身両面でのケアも必要だ。

 ならば、こういうことを検討できないか。私の旧知の医師が一つの提案をする。

「強い抗体を持ち再感染しない人にあくまで自由意思で希望を募り、施設で感染者の世話や連絡事務などに当たっていただくというのはどうでしょうか。防護関連の装備がかなり不足している今、宿泊施設を拠点とした感染拡大を抑えることにもなるのではと思います」

 大きな希望といえる抗体検査だが、海外で急いで実施した国では精度の壁にぶつかって戸惑っている部分もあるようだ。拙速に進めて、医療現場が混乱することは避けなければならない。一方、この企業のように精度の高いキットを開発し、現在、国民のどれくらいが抗体を持っているのかが分かれば、企業や個人を問わず、社会・経済活動をどう展開するかの指標にもなる。日本でもイギリスやイタリアのように「免疫証明書」として活用し、抗体を持つ人から順次、通常の社会生活に戻り、経済を回してもらうことだってできる。さらに、政治戦略の判断材料にもなるだろう。

 環境を整備したうえで、医療崩壊と感染拡大を防ぐためにも一日も早い抗体検査の実用化を望みたい。

石高健次(いしだかけんじ)
ジャーナリスト。1974年朝日放送入社。「サンデープロジェクト」の特集をはじめ、2011年退社まで数多くのドキュメンタリーを手掛ける。横田めぐみさん拉致報道で97年新聞協会賞。アスベストによる健康被害を掘り起こし、06年科学ジャーナリスト賞。

「週刊新潮」2020年4月23日号 掲載

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